駄文集


タイトル未定(暇つぶし文、学園モノ?)

 

語りから入る小説はダメだ、と聞いたことがある。その理由はわからないので、わからないが故に語りから入ってみようと思う。
延々とは続かないが、キリ良く終わらせられる自信もまたないが、それでも読んでくれるのであれば、この語りには何らかの意味をもたせることができる。
さて、どこから話したら良いのだろう。
キリの良い始まりはどこだろうか。
ああ、そうだ。
思いついたぞ。
五年前の夏が相応しいだろう。
五年前の忘れるには最近過ぎて、完璧に思い出すには曖昧な期間を経て今に繋がるあの出来事。
夏なのに長袖を着込んで一滴の汗すら垂らすことなく、僕の前にその袖に包まれた長い腕を垂らしていた彼女の言動が始まりといえば始まりだっただろう。
 
その時の僕は高校生として比較的まともに生きていたと思う。
人から度を過ぎた嫌悪を向けられることもなく、さりとてその逆に愛情を注がれていたわけでもない。
そんな、16歳の夏休み。
夏休みであるにも関わらず、僕は制服を着込んで、自分の教室内にいた。
なきにしもあらず程度の名誉の為に僕自身が申告しておくと、この日、僕が教室にいたのは補修ではない。
しかし残念ながら部活動に精を出すほどの若人でもなかった僕は、暇だからという至極どうでも良い理由で自主登校していた。
しかも、これが初日ではない。
ぼかしながらその日数を語るのであれば、守衛さんと仲良くなり、名前まで憶えてもらった程度である。
だが、悲しいことに学校に来た所でやる事が無尽蔵に湧いて出てくるわけでもない。
故に、僕は教室で律儀に自分の机の上に突っ伏して寝ていた。
登校したのは昼過ぎなので、起きたときに夕陽が差していたことから僕はこの時数時間ほど眠っていたことになる。
だから、起きた時に隣の席で僕と同じく自分の机の上に突っ伏して寝ていた彼女を見た時はあまり驚かなかった。
制服に身を包めば案外誰でも侵入できる学校に冬服ではあるが制服に身を包んでいる彼女がいることに不思議はなかった。
しかし、多少眠気が覚めてくると、疑問符が思考を過る。
何故彼女は夏休みなのに学校にいるんだ。
とても僕がいえた義理ではないけれど、登校日も補修もないのに学校に来るのはおかしい。
それは例えると去年のカレンダーを見ながら白米を貪るくらいおかしい。
別にそうする人がいたとしても不思議ではないが。
だから、僕は彼女に関わらないことに決めて、起立した。
礼と着席はせずに教室から出ようとした。
けれど、そんなことは許されなかった。
誰に?
もちろん、僕にカッターナイフを投げつけた彼女に。
「高原君。どうして、私を無視して帰れるの?」
カッターナイフの投擲に驚いて腰を床につけた僕に向かって彼女はそう言った。
長い腕を垂らして、床に落ちたカッターナイフを拾いながら。
「む、無視はしてない」
動揺してあまり考えずにこの言葉を発してしまったことは僕の不覚である。
何故なら彼女は拾い上げたカッターナイフを片手に、刃を伸ばしたり縮めたりしながら、へぇという顔で、こう言った。
「高原君は私を無視せず、私の存在を、その隣にいた事実を自覚して、理解して、納得しながらなお、私に一言すらの言葉をかけることなく、まるで私の存在がここにないかのごとく振る舞い、虚無感を私に感じることに罪悪感も感じることなく、さしたる問題はないと、勝手に身勝手に判断したうえで、私を放置して行こうと考えられるんだぁ」
ちなみに、最後の『だぁ』はトーンが少し上がっている、挑戦的な口調だ。
しかしながら、この凶器を見せびらかせるように扱っている彼女を前に、僕は苛立ちよりも先に狂気を感じた。
何故、彼女からこのような仕打ちを受けなければならないのだろうか?
僕がなにをした?
もしくは、何をしなかった?
答えは彼女を結果的に無視した以外にあるように思えた。
「ねえ、高原君」
考え込んでいる僕に、彼女はまたも語りかける。
「私が今日学校に来た理由、わかる?」
そんなことわかるわけがない!
などとは言わず、僕は考える。
「わ、忘れ物をしたから?」
我ながら実に常識的な回答を非常識な人間にしたものである。
わざわざ描写する必要もないくらいに彼女は僕の回答を高笑いを追加して否定した。
「私はね、高原君がいるからここに来たの」
そういえば、昨日彼女から来たメールに学校に行く的な返信をしたような気がする。
「僕に会いに来たの?」
「そう!なのに、貴方は眠っているでしょう?だから気を使って起きるまで待っていたのに」
僕は無視を決め込んで出て行こうとした、と。
なるほど、この理由であれば何ら異常も非常識なこともない。と、言いたいところだが、それで例えカッターナイフとはいえ刃物を投げつけられる道理はないだろう。
下手をすれば致命傷を受けかねない。
「だからね。高原君は私の話を聞く義務があるのです」
そう、義務付けられてしまっては否定したくてもできない。
だってカッターナイフ怖いし。
 
彼女に促されて、僕は自分の席に戻る。
彼女も自分の席に戻り、先程まで突っ伏してした机に腰をおく。
そして、脚を交差させながら、カッターナイフをちらつかせつつ、話しを始める。
「私はね、高原君の事は信頼できると思うの。ううん、違うわね。信頼しているの」
なら、そのナイフをしまって下さいお願いします。とは懇願できず、そのまま彼女の話しを聞く。
「だからね。これから話す事は絶対に誰にも言わないで欲しいの」
ここで、女性に慣れていれば「もちろんだよ」とでも言えたのかもしれないが、カッターナイフの脅威にカクカクと頷くことしかできなかった。
だから、というわけでは確実にないと思うが、彼女が次に言った言葉は理解できなかった。
「私と付き合いましょう」
「へ?」
もちろん、前述した通り、聞き取れなかったわけではない。理解できなかったのだ。
「だから、付き合いましょう、私たち」
ちょっと待て、と言いたいがいまだ脅威は去っていないので、無言で思考する。
彼女はまず、誰にも言えない話しをしたいと言った。これはおそらく間違いない。
しかし、そのあと、彼女は付き合いましょうと告白みたいな言葉を発した。
誰にも言えない話しはどこにいった?
いや、これが誰にも言えない話しなのか?
付き合いたいけど、口外無用。
付き合っていても誰にも知られたくない?
何故?
いやいや、そんな事はこのさいどうでもいい。
何故彼女は僕と付き合いたい?
付き合うって、もしかして、どこかへ、的な意味か?
そうだな。
きっとそうだ。
僕はそう納得して、口を開こうとした瞬間、彼女に遮られた。
「どこへ?とか言ったら抉るわよ」
抉って穿って切り刻むわよ、と彼女に続けられたので、僕は口を再び閉ざすしかなかった。
「私は本気よ」
僕も本気だ。本気で怖い。
しかし、僕が怖がっていても事態は好転しない。どころかさらなる恐怖を感じさせられそうな予感すらある。
なので、参考までに何故僕を好きになったか、というきっかけを訊ねてみた。
「特にないわ」
「なら、僕のどこが好きになったの?」
「特にないわ」
「僕と付き合いたいと思う理由は?」
「特にないわ」
彼女は本当に僕が好きなのだろうか、と疑問に思わざるを得ない返答だ。
ついでにその疑問も訊ねてみる。
「ええ、もちろんよ。愛しているという言葉すら足りないくらいの好意を貴方に寄せているわ」
だから、その好意はどこから湧いてくるのだ。
普通ならなんらかの原因があるだろう。
「ちなみに、高原君に断るという選択肢は死を意味するわよ」
だって、私を辱めておいてのうのうと生き続けるなんて許されざることでしょう?と彼女は続けるが、これは僕にどうしろといっているのだろう。
よくよく考えてみると、彼女は最初から僕になにも問いていない。付き合いましょう、と一言言っただけだ。
訊いていないし、おそらく僕の意識を聞く気もない。
提案型の命令だということに今更ながらに気付いた僕は、その理不尽さに憤慨しながら「了解致しました」と承諾した。
僕だってまだ死にたくはなかったからだ。
すると、彼女は「そう」とつまらなそうに言って、驚愕の一言を付け加えた。
「それじゃあ、これからよろしくね。あ・な・た」
これには、僕も突っ込まざるを得なかった。
「挙式はいつ頃ですか?」
 
こんな感じで僕、高原翔心(たかはらしょうしん)は彼女、駿河芙蓉(するがふよう)と交際を始めた。
 
1
 
目覚めは最悪。
目覚まし時計は既に時を止めて床に転がっていた。
しかし、遅刻するかもしれないというのが最悪な目覚めを意味しているわけではない。
遅刻なんて、できるはずもない。
何故なら駿河芙蓉は僕の彼女になって、今現在、僕と同居している。
より正確にいうと、付き合い始めてから僕には実家と我が家と二つの家ができた。
実家はもとからあったので、できたのは駿河芙蓉とともに住むことになった新居のみだが、これは完全にできたといえよう。
何故ならこの家が建造されたのは僕が交際の承諾をする約一ヶ月前だからだ。
もちろん、建てたのは駿河芙蓉(の父親)。
交際承諾以降、僕は実家には帰っていない。というより帰らせてもらえていない。
しかし、両親とは電話で話しをしたが、どうやら彼らは事態を把握しきれていないのか、ただたんに呑気なだけなのかは知らないが、返ってきた言葉は「しっかりやりなさい」だけだった。
なにをしっかりやるのか分からない僕は、交際開始から約一ヶ月ほどたった今までここですごしている。
そして、本日は二学期の初日。これが最悪な目覚めの原因でもある。
遅刻しないようにと同居人の駿河芙蓉が僕を起こすために気をきかせて僕の腹部に踵をめり込ませてきた。
まさに最悪の目覚めといえよう。
「15分以内に朝食を食べ終えないと硫酸を混入するわよ」
そんな、もうさすがに慣れた朝の挨拶を聞きながら、ふと、違和感をおぼえる。
「15分?」
いつもはその1.5倍はあるのに。
とりあえず、硫酸を混入されない速度で朝食を食べ終え、学校に行く支度をして、戸締りをしてから、僕はその違和感を解消するべく、訊いてみた。
「昨晩はあなたの隣りで寝ていたから起きるのが遅くなってしまったわ」
そんな返答を得た。
言っておくが、僕と彼女は別々の寝室とベッドが用意されている。
彼女が僕と共に寝る必要はない。
「一緒寝た理由は訊かないの?」
だから、彼女に残念そうにこんなことを言われたとしても、訊かなくてもわかる。きっと理由は特にない、だ。
「どうして一緒に寝たの?」
「特に理由はないわ。ただ、そんな気分だっただけ」
「っく」
不覚にも恥じらいながらそういう駿河芙蓉に僕は惚れてしまいそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまり、平静を装う。
このような、いわゆるデレと呼ばれる現象はそれなりの頻度で行われる。
同居初日の晩にも、風呂に浸かっていたら「背中を流してあげましょうか?」と、バスタオル一枚に身を包んだ駿河芙蓉が勢いよく戸を開けてきた。
もちろん、この時僕は16歳という思春期真っ盛りの情動に身を任せて駿河芙蓉の胸部を見ながら、生来の小心者っぷりを顕にしながら「いいいい、いいですよっ!」と返答した。
結果、遠慮しますの意で言ったのに、背中を流してもらうことになった。
そんなデレがだいたい、一日に一度くらいで披露される度に、僕は疲労しつつも喜んでいる。
 
そして、複数の通学路が重なり合う表通りへと到着する。
「では、また後で」
駿河芙蓉はそう言って、僕を見る事なく足を進める。
これは昨日の夜に話した事だ。


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