
駄文集
タイトル未定(暇つぶし文ファンタジー系統)
いつも通りの御前会議。
父上は陛下の横で議会の内容をまとめ、相違がないかの確認をして、やはりいつも通りに陛下を起こす。
玉座の肘掛から生えているかのように動かない右腕を片手で優しく触れて、耳打ちする様な音量で陛下に語りかける。
「陛下、本日の案件は全て議決されました」
議決の言葉を合言葉としているのか、陛下はいつもそれで目覚められる。
まったく、議会をなんだと思っているのだ、と感じていたのはいまでもそうだが、僕もやはり皆と同じく陛下に対しては諦観を感じずにはいられない。
しかし、陛下の側近たる父上は自分の息子と同い年である陛下に疑念はない。心の底から一切の諦観も感じることなく信頼し尊敬している。
何故なのかは未だに分からない。
「おお。終わったか」
陛下のそのお言葉にて議会の終了を意味していたが、今日は違った。
「それなら、我から一つばかり皆に命を下そう」
陛下はそう言って玉座から立ち上がり、みてくれだけは尊大なその風貌を強調するように左手を前方へと突き出してお言葉を発した。
「西国のイシュラン王国へと宣戦布告をしてまいれ」
我が国はイシュラン地方制圧のため進軍する、とそう陛下は続けた。
イシュランとは小国といえどもその屈強さは語る必要すらない民族の国だ。
それが正式に議会を通して下された決定でもないのに、そこに攻め入るなどとは、例え陛下の勅命であれど反論せずにはいられない。
僕は思わず声を荒げてしまった。
「陛下、恐れながらそれは何故でありましょうか?」
僕の発言に父上は顔を顰めて直ぐさま諌める。
「無礼者!陛下に失礼であろう」
失礼であろうがなかろうが、民のことを考えればそんなことは関係がない。そう反論しようとした時、陛下が僕を見下ろし、口を歪める。
「貴殿は何者ぞ?」
日は浅くとも、議会に参加するようになって早半年。父上に諌められるよりもこの言葉は僕を驚かせた。
「申し訳御座いません、此奴は…」
「デュラン・アーデルハイト・健二であります。陛下」
父上が言い終わる前に声を大きくして僕は己が名を告げる。
不遜な態度と口調に父上はよりいっそう顔を顰めるが、それとは逆に陛下は呆気に取られた顔から見世物小屋で珍しいものを見たかのように口を歪ませる。
そして、陛下は人目も気にせず大口で笑い始めた。
「ふぁっははは!アーデルハイトということは貴殿の嫡男か!なんとも面白い息子をもったな」
陛下がそう父上に告げると、父上は申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。
「いえ、申し訳御座いません。陛下。まだ若い故、この様な御無礼を」
「若さと言えば、我と同じくらいであろう。気にするな。近年稀に見る良い逸材だ」
我の良い配下となりそうだ、と陛下は続けるが父上は謝罪の言葉を繰り返している。
「それよりも、だ」
陛下はそう言って父上の謝罪を止め、真剣さのある表情で僕を見据える。
「デュランよ。何故、イシュランへの進軍を良しとしない」
陛下はまるで進軍こそが唯一絶対の選択肢であるように、僕に問う。
「お言葉ですが、先だって申し上げました通り、何故進軍が必要なのでしょうか?」
戦で民を疲弊させなくてはならないほど、この国は逼迫していない。そう、僕は陛下に告げた。
すると、陛下は笑いながら僕を見つめてこう言った。
「では、貴殿はこう言っているのだな。我が間違っていると」
笑いながら見ている陛下の眼はしかしながら、笑っていなかった。
だが、僕としてもこればかりは引き下がれない。
戦となれば人は死ぬ。敵国であろうとなんであろうと人が死ねば悲しむ人がいる。
そんな哀しみのみを広げる命令をおいそれとは承服しかねる。
そう思いながら、僕は真っ直ぐと陛下を見つめ返し、断言した。
「理由なき戦であればそうであると言わざるを得ません」
僕の言葉を聞き終わると、また陛下は豪快に笑い始める。
陛下の視線はもう、僕には向いていなかった。
「理由なき戦、か。デュラン!我はお主を気にいった!この戦の総大将を命じる!」
理由は作戦会議の時に教えてやるから存分に其方の能力を発揮してみせろ、陛下が続けて謁見の間から僕を睨みつけ続けている父上を連れて去って行き、本日の御前会議は閉会となった。
戦は御免と言い放った僕の威勢は削がれ、他の臣下と共に広間から出て、準備をすることとなった。
準備と言っても僕は正式に臣下となって日が浅い。更に付け加えると戦を経験したことがない。
それ故に、謁見の間を出て間もなく、僕は途方に暮れた。
もちろん、戦は経験したことはないが、必要な準備くらいはある程度の想像がつく。
部隊の形成に、兵糧の用意。指揮官の育成と配置。徴兵と装備の用意。それと、国庫から兵が死んだ時の遺族への手当ての確保。
それら全てが財務部の管轄だと思えるが、新人とはいえ財務部に籍をおくものとして、そうではないと理解できている。
では、どこと話し合えばいい。
「はあ」
自然と溜息が漏れる。
「総大将を任命されたのに、そんな大きな溜息を吐いている暇があるの?」
唐突に後ろから声をかれられる。
よく見てみると、まだ数人ほど謁見の間で何かを話し合っていた。
「その歳で総大将を任せられるなんてそうそうないことよ。何をそんなに意気消沈しているの」
僕が返答する前に軍部の一個大隊を任されるエレナ・ウォーキング中将に叱咤される。
「ウォーキング中将…」
「中将なんて無理しなくてもいいのよ。今まで通り、エル姉って呼んでくれても」
中将という肩書きからは想像出来ないような優しい声と見た目で彼女はそう言ってくれる。
「今は勤務中だから」
だからたとえ幼馴染とはいえ、肩書きは大事なのだ。そう言おうとした。
「勤務中でも健二は私の可愛い弟よ」
例え血が繋がっていなくてもね、と言う彼女は本当に寂しそうで、いつもの如く僕は負けてしまう。
「ごめん。エル姉」
その言葉で彼女は嬉しそうに表情を変えて、笑顔で僕を励ましてくれる。
「何をすれば良いのか分からないのなら私を頼りなさい!お姉ちゃんが健二を立派な総大将さんにしてあげるから!」
成人したばかりとはいえ、情けなさを感じずにはいられない。
しかし、やはりなにも分からないのでは仕方がない。
「それにしてもみんな薄情よね」
私の可愛い弟が困ってるのを放っておくなんて、と続けるがそれはいた仕方ないといえよう。
誰も僕のような若輩者の功績になるような手助けをするわけなどない。
きっと僕だって他の誰かが任命されていたら面倒事に首を突っ込まないように避けていただろうし。
「さて、健二の事だからやらなきゃいけない事は分かっているんでしょう?」
エル姉の問いに僕は頷く。
「それなら何が分からないのか教えてくれる」
僕は彼女に調達が必要な物や人の管轄がどこか分からない旨を伝える。
「それなら、ゲル爺に頼みましょう!」
そう嬉々としてエル姉は言うが、ゲル爺ことサー・ゲルズィレイは内務大臣だ。
先代の王が王位継承の儀を済ませる前から内務の全てを任されていた人物とはいえ、戦争準備は彼の管轄ではない。
しかし、そう伝えてもエル姉は「大丈夫よ。だってゲル爺ですもの」と根拠のない返答で済ませて、未だ謁見の間にいるサーの元まで僕を連れて行った。
「アー坊の子の割には根性があるな。感心したぞ」
かっかっかと笑いながらサーが僕に言った第一声は僕を賞賛するものだった。
しかし、臣下一の古株であるサーに賞賛されるとは思わなかった僕は少しばかり嬉しかった。
サーとは幼少期からよく遊んで頂いたが、僕の成人を期にあまり言葉を交わすことすら少なくなっていたし、やはり立場上から叱責されるものだと思っていたからだ。
「ゲル爺、健二は戦の準備にどうすればいいか分からないならしいの」
エル姉がそういうとサーは顎に手を当てて思案顔になる。
「確かにのぅ、健二には少しばかり荷が思いかもしれんの」
「あの、もし可能であればサーの口から陛下に進言していただけないでしょうか?」
総大将の任を解くようにと続けようとしたが、サーはそれを許さなかった。
「それは無理じゃ。あのお方は健二を適任者と断定された」
「でも、僕は戦の準備すらできない若輩者ですよ」
「それでもじゃ。それに、お主はできないのではない。やり方を知らないだけじゃ」
それを、あのお方も理解している。
そう続けて言われても、僕は納得できなかった。
やり方を知らなければできないのは同じじゃないか。
「よし、儂が一肌脱ごうではないか」
サーはそう言うと、すぐに近場にいた人物に何かを告げて僕を謁見の間から連れ出した。
エル姉はまだ仕事が残っているか着いて来ずに「頑張れ」と一言だけ言って僕を見送ってくれた。