駄文集


自殺志願者(どうぶつ)と自殺思願者(ピエロ)(仮)

 

 昼間動いていた人達が眠りにつき、夜活動する人達が働いている時間帯に僕は一人、外界から切り放された部屋で準備が完了されたことを再度確認していた。
 水も、貯めに貯めたマーブルチョコを小さくしたような色彩様々な個体も、十二分はある。
 確実な100%よりもより確実な120%を用意してしまうあたりが僕の悪き良き癖だ。
 ミニチュアなマーブルチョコを銀とプラスチックの入れ物から数個程出して、返品不可を主張するかの如く作られた入れ物をゴミ箱へと捨てる。
 掌には戻る先を失った数個のタブレット。
 対になる手には透明な液体を入れる透明なグラス。
 戻れない方から先に口に入れようとする。
 突然の機械音。
 外界から切り離されていない物が自己主張をしていた。
 
 ◆◇◆
 
 生物と名の付くものは文字通り生きていなければならない。
 死んでしまえばそれはただのモノ。
 そんな容易く理解可能なことよりもここで重要なのは生物には生欲がある事実だ。
 本能よりも執着に近いただただ純粋無垢なる欲がある。
 故に人は生きている方が辛いのを知りつつ死より生を選ぶ。
 未知より既知。
 終わりより途中。
 傍観者より当事者。
 だから自殺志願者とは自然でも自然界でも自然体ですら奇異なる存在感を漂わせる存在者なのである。
 しかし、一見、自殺志願者と自殺思願者は同じように見えてしまうが、それは自殺未遂と自殺未遂の未遂くらいに大きく違う。
 自殺思願者とは平たく言ってしまえば単なる劇場タイプの人間。
 道化師。
 ピエロ。
 生物。
 対なる自殺志願者とは生きながらにして死んでいる。
 生ける屍。
 屍人。
 モノ。
 だが動けるが故に文字通り動物だろう。
 でも彼女は明らかに前者。
 
 一般的に眠っている時間に来た外界からのメッセージは自殺を止める手伝いをしろといった内容のものだった。
 別に無視を決め込むことも不都合はなかったが、特に問題もないので来てみた。
 そこでは他人の建造物の上で台本のない演劇を繰り広げていて、いつの間にか来た警察が持っていた照明がスポットライトのように彼女を壇上の端で照らす。
 僕を呼び出した張本人といえばフェンスの目の前にて向こう側に立つ彼女に話し掛けている。
 生きる希望はあるだとか台本に書かれそうな台詞を真面目に真摯に紳士っぽく言っていた。
 僕は必要ないのではと思った瞬間、彼女が此方を見た。
 方面ではなく個体として。
「お前はそこで何してんだよっ!!」
 死に逝く人間にそのようなことを説く必要があるのか、と思ったりもしたが、前述通り彼女は生物なので気になったとしても何ら不思議はない。首を傾げることも不可思議もない。
 ただただ当然の疑問だろう。
 生きていれば視界に入るものは気になる。
 なので僕も真面目に不真面目そうに応えた。
 台本がない故にアドリブで。
 
 ◇◆◇
 
 結果からすれば僕のアドリブは上々で、状況は常識的な展開へと転回した。
 死者ゼロに野次馬多数で、翌朝ローカル新聞の一面の端を恥ずかしく飾ったが、僕の事は『懸命に自殺者を止めようとする男性二名』と書いてあったので、『自殺者』だと止めなくても死んでいるではないかと突っ込むことも恥じらうこともなかった。
 部屋の端で恥じらっていたのは『自殺者』と書かれた上に後ろ姿を掲載された彼女だ。
 勿論彼女は今も居間で生きている。
 朝刊が届いてからひっきりなしに鳴る電話の対応をしている彼女を見ていると止めなかった方が良かったのでは、と思う程大変そうだが。
「馬鹿な真似をした私に真剣に対応して下さいまして、本当に有難うございます」と昨夜とは正反対な口調で礼を言うので、きっと良い内容の電話でもあったのだろう。
 しかし、最初に御礼を言われてから彼女は僕達よりも電話の相手をしているので、初めて招かれた彼女の部屋を不躾ながらもすることもないので観察していた。
 偶然なのか当前なのか、彼女の部屋は僕と同じ建築物の一室で、勿論彼女が昨夜ステージにした屋上は数階上になる。
 僕が昨夜呼び出された理由と賀田喜志(かだきし)がどういった経緯で屋上にて説得劇を演じる事になったのかもさほど理解に苦しむ話しではなくなった。
 しかしすることもないので詳細を訊いてみると、飲み会の後に終電を逃したので僕の家に泊めてもらおうとしてエレベーターに乗ったら思い詰めた顔をした人が違う階で乗って、最上階のボタンを押すので、気になって僕の階で降りた後に階段で最上階まで行くと、彼女が屋上に行くのが見え、ヤバいと思って僕に電話したと彼女に聞こえないように説明してくれた。
 屋上に行くのがヤバい理由が客観的にみてしまう僕には理解出来ないが、世話好きな賀田の事だから泊まるつもりが止める事になるのはさほど不思議ではない。
 個人的には思い詰めた顔というのが単純に疲れた顔とどう違うのか興味はあるが、そこは賀田の主観になるのだろうから僕には分からないのだろう。
 そんな事を思考しているうちにコールセンター張りに絶えない電話の相手をしていた美波(みなみ)みなみさんが此方にやって来て一息吐いた。
 彼女の出してくれた紅茶はやる気をなくして拗ねてしまったように冷めてしまったが、それを気にせず彼女は口へと運ぶ。
 僕達が飲んでいた適温のものとは味が違うのだろうが、彼女は一口ほど飲んだ後、満足そうな顔を此方に向けてから再度謝罪の言葉を口にする。
 それに対して賀田が一般的な謙遜した言葉を言い、それ対して彼女はまた謝罪を重ねる。
 何か訳の分からない譲り合いが続くが、今日はする事もないのでこの譲り合いがどれくらい続くのか見てみようと思っていたが、意外にあっけなく僕が紅茶を飲み干すと同時に終了した。
 どうやら、彼女が自殺を決意した経緯を説明する事で手を打ったようだ。
 
 小一時間ほどかけて経緯を説明した彼女はどこかつきものが落ちたように清々しく、昨晩の彼女とはもう別人のようで、少し美しくなった気がした。
 そんな彼女が聞かせてくれた内容は時系列に要約するとこんな感じだ。
 一、両親の葬式にて母親の知人と名乗る不思議な雰囲気を纏う男性と出会う。
 二、短期間の時間を経た後に惚れる。
 三、つき合い続ける過程にて不可思議なことが起きる(彼女自身も具体的に何が不可思議が理解不能なのでしっかりと説明がなされなかった)。
 四、三をきっかけに様々な不思議な事件が彼女の周囲で次々と起こる。
 五、気付くと我慢が不可能なほど追い詰められていた。
 六、屋上で自殺未遂劇を繰り広げた。
 
                                ・・・つづく(?)