
駄文集
魔族(勇者)と人間(魔王)
願わくばこの御伽噺を、この真実を、公の場で問題なく公表出来る時代が来ることを祈って。
―イアン・J・ガーデナー―
プロローグ
それは昔々が付くほど昔にあった御伽噺のような実話で、言うまでもなく今もまだ語り継がれている。ただ、御伽噺と違う点と言えば、それは祖父母が孫に聞かせるベッドタイムストーリーではなく、学校の歴史の授業で扱われているという点。そして、学者が調べようとすることさえない信憑性を帯びている実話である。
それも当然と言えば当然のこと。当時の当事者は今なお生き続けているのだから。
だから、これから語る回想は、その当事者から聞いた、信じられる御伽噺。
世界暦で言うと、1366年頃。世界は魔族と人類が絶えず戦争を繰り返す戦乱の時代だった。
魔界を制し、魔族の頂点へと上り詰めた魔王と人間界の各国が協力し出来上がった世界連合。二つの勢力は互いの種族を残すために、生存を賭けた戦争で多くの命を失い続けた。
初めは当事者である魔王にも分からない。正確には彼も覚えていない。
人間が魔界へと侵略したのがきっかけだという説もある。逆に魔王が人間界を侵略し始めたという説もある。一人の魔族の子が殺された報復に魔王が人間の村を滅ぼしたのがきっかけだという説もある。
しかし、きっかけがなんであろうが、一旦始まってしまった戦争はきっかけを忘れてしまうほど長く続いた。
長く続いた戦争は同種族間の結束力を高め、技術力を上げ、優れた子達を育んだ。
戦争が始まった世界暦926年頃から比べると世界は魔界を含め格段と進歩を遂げた。戦争を始めたばかりの魔族や人間を原始人だったと言えるくらいの躍進だった。
そして、世界暦1366年。戦乱の時代に一進一退を繰り返すだけの戦いを変える要因が二つほど歴史上に登場した。
一つは魔族が開発していた魔動兵器が完成し、すぐに戦地に投入され始めた。これにより、人間界は80%ほどの領土を僅か半年で失うこととなる。
しかし、もう一つの要因が圧倒的優位に立った魔族に危機感を与えていた。
それは、人間の中で魔王に匹敵するという人間が現れ、勇者と持て囃され始めた。
その勇者は実際に単身で魔族の主要拠点に乗り込み、魔族を撃退している。
方法はまちまちのようで、ただ単に拠点を任されている魔族のみを倒し、その部下が逃げ出すこともあれば、拠点内全ての魔族を皆殺しにするときもあった。
この二つの要因から、戦局は大いに変わり、魔族は人間界を攻め領土を増やす一方、勇者は魔王を倒すべく魔界にある魔王城を目指していた。
1366年最後の月に両者は目的達成を間近にしていた。
魔族は残すところ一国を制すれば世界を制したことと成り、勇者は魔王城が見える距離まで近づいていた。
しかし、そこから半年ほど、戦局的に大きな動きはなくなってしまった。
最後の一国は奮闘し、勇者は魔王城周辺の領主達に苦戦させられた。
だが、それも半年だけのこと。
一国も領主も半年で限界が来て、魔族と勇者は共に目的を果たせるところまできた。
魔族は最後の一国の首都を取り囲み、勇者は魔王と相対していた。
勇者は剣を魔王の喉元に向けて、魔王はそれを気にすることなく言葉を発した。
「貴様と私は同じ存在だな」
勇者は魔王の言葉に耳を傾けることなく切っ先を更に魔王に近づける。
「ただ、違う点と言えば、それは寿命だ」
魔王も勇者の剣は眼中にないかのように無視して言葉を紡ぐ。
「貴様達人間は戦争がなくとも精々3,40年ほどが限界。私たち魔族はその20倍は生きられる」
どうでも良いことを話すかのように魔王は続ける。
「だが、貴様が不老不死になれると言ったらどうする?」
勇者は動きを止める。
「不老不死に成り、私と共に世界を支配しないか?」
勇者は無表情な顔のまま口を開く。
「正気か?」
「正気だ」
間、髪を入れることなく魔王は応える。
「貴様も理解しているだろう。私たちが戦えばどちらもただでは済まないことくらい」
「ああ、それくらいは分かっている」
「なら、私たちが二人とも死んでしまった場合のことも理解出来ているだろう」
「ああ、世界は荒れる。魔族、人間など関係なく」
「ならば、私は貴様と不老不死の秘術を使い、未来永劫この世界を管理していこうと思うのだ」
「未来永劫、か」
「未来永劫、だ」
勇者は切っ先を魔王の喉元から逸らし、仕舞う。
「先程、お前は言ったな。俺とお前は同じ存在だと」
「ああ、貴様と私は同じ存在だ。私達には義務がある。世界を守る義務が」
「では、何故400年以上も戦争を続けた?」
「貴様を待っていた」
そこで、もとから無表情だった二人はしばらく見つめ合い、何かについて納得したかのように同時に口元を綻ばせる。
「不老不死と世界の半分を俺は得て」
「寿命と世界の半分を私は失う」
二人は初めて人生が楽しくなったと言うかのように笑顔で見つめ合う。
そこから話し合いが行われ、世界は今のようになった。
人間(勇者)が魔界を統べて、魔族(魔王)が人間界を統べる、この歪な世界が。
魔族対人間が、魔界対人間界に変わっただけの戦争が絶えないこの世界が。
二人の存在(独裁者)に導かれながら、世界は翻弄され続ける。
終わらないワルツを踊るように。
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