
駄文集
そつがない犯行(仮)《第1章―初日―》
1
「掛上一彌(かけがみかずや)さんの車両は、三両目ですね」
頑張って下さい、と掛上を羨望の眼差しで見ながら番組スタッフの青年は言って、何故か敬礼をする。
「君は乗車しないの?」
掛上はふと疑問に思ってもいない事を聞いてみた。どうせ自分の乗車時刻まであと10分ほどはある、という暇つぶしのきっかけになればという打算もあった。
「いえっ!お、俺は、いやっ、自分はこの駅の物資搬入を手伝いするだけのスタッフなのでっ!」
掛上が自分と会話をすると思っていなかったのか、青年は緊張したように応える。
「ははっ。そんなに緊張しないでよ。僕も君も単なる人間だし、この番組で限らなくても居ても居なくても客観的には変わらないよ」
青年の反応に少し好感を感じた掛上はそう言って青年の緊張を解そうとする。
(面接の時みたいにこの番組の概要でも聞いた方が良かったかな。)
すぐに自分の案の無意味さを否定し、青年が何故かしている深呼吸を穏やかな眼で眺める。
「いえ、自分はここに抽選で来られただけのアルバイトですから、難関な試験を合格した掛上さんみたいな人達とは全然違いますっ!」
深呼吸が功を成したのか、青年は少し落ち着いた口調で、はきはきと掛上の意見を否定する。
「違わないよ。僕も君もやり方は違うけど、抽選で通ったんだ」
掛上は努めて優しい口調でそう言うと、青年はきょとんとした。
「掛上さんは抽選で通ったんですか?」
「そう、抽選。試験とか言われているけど、試験も抽選の一種だよ」
ほら、運も実力のうちって言うだろう?なら実力も運のうちだよ、と掛上は続ける。すると青年は、数十秒きょとんとした表情のまま立ち尽くし、何かを唐突に理解したように表情を変えた。
「いえいえ、試験の実力と抽選の実力じゃあ、段違いの能力差がありますよ」
「うん、そうだね。運の実力の方が凄いや」
「あっ、いえ、そういう意味じゃなくて…」
「でも、答えが分かっている試験の解答を書くより、運で当選する方が難しいだろう?」
「それは…そうですけど」
そう言いながら、何か釈然としないのか、青年は悩み始めた。
「なら、君は僕たちより凄いって事だよ。おめでとう」
掛上がそう言っても青年はうなり続けている。
「いや、でも、えっと、あれ?」
最終的には分からないからどうでもいいや、と考えるのを放棄したようで、最初に掛上車両を告げた時と変わらぬ表情で「でも、やっぱり自分は掛上さんたちを尊敬します」と言った。
(うん、さっぱりしてて良いな。効率が良い。)
青年の事をそう評価し、掛上は少年との雑談を続けようとする為に話題を探す。
「えっと、これって訊いて良いのか分からないんだけど、今年のミステリートレインの車両が一つ多いようだけれど、何でかな?」
ミステリートレインとは掛上が今から乗車する列車の名前で、番組名でもある。この捻りのなさにある種の絶望感を掛上は感じていたが、この番組の放映し始めた時代を考えると仕方がないとも思っていた。少なくとも掛上は無駄に捻りすぎてタイトルから内容が想像できない他の多くの番組よりは少しだけ好感を持っていた。
「ああ、それは一応聞かれたら説明しても良いって言われてます」
実際に見たら明らかですし、隠しているわけではないようなので、と青年は続けて、説明する。
どうやら今年のミステリートレインは30周年という事もあり、今までより趣向を凝らした設定を試みているらしい。例年が乗客6名で全六車両のものだったのを、番組放映まで何の告知もせず、いきなり全七車両の乗客7名を見せてやろうという本当に些細なサプライズらしい。
「そんな事で視聴率が上がるの?」
「さあ、どうなんでしょう?ただ、今までは六車両だったわけですから毎年見てる人は、さすが30周年!今年は何か違うぞっ!くらいは思うかも知れませんね」
青年の的を射た分析に少し感心しながら、掛上は同意した。
「でも、シナリオがある訳じゃないですから、どうなるか分かりませんけどね」
確かに、この番組にシナリオはない。その年のミステリートレインが例年以上の反響を得られるかどうかなんて保証はいつだってないのだ。であれば、ひとり人数を増やすくらいのテコ入れが功を成すかなんていうのは薔薇という漢字を手のひらに書き込んで飲み込むことが気を落ち着かせられるかくらい不確かなものだ。
「別にひとり乗客が増えただけで、漫画みたいに絶対に異常事態が発生するわけでもないですし、悪あがきみたいにも思えますけどね」
「そうだね。でも、まあ初日くらいはちょっと視聴率が上がるんじゃない?それにひとり増やすくらいスポンサー側としてもそんなに出資額が変わるわけでもないと思うし」
それに、今年はちょっと僕らのシステムが変わるみたいだし、と掛上は続ける。
「でもやっぱり、悪あがきっぽいですよ。最近は視聴率も下がってるみたいですし」
青年はそう言うが、世界的視聴率が下がる、というのは他の番組ではあり得ない事だ。そもそも他の番組は世界的に放映されていない。それに、今はインターネットの普及に伴いウェブでも視聴がリアルタイムでできるし、毎晩各国でハイライトとして、判断材料になりそうな重要事案と毎日行われる質疑応答が編集され、翌朝放映されている。それほどまで世界で重宝されている番組は他にないのだ。なら、多少視聴率が下がったところで番組としては安泰だろう。そんな事を考えながら青年と雑談を続けていたら、掛上の乗車時刻を知らせる汽笛が鳴った。
「あっ、もう乗らなきゃですね。あの、自分、渡部猛(わたべたける)っていいます。もし良かったら覚えてて下さい」
「うん、また会ったらよろしくね」
掛上はそう言って、三番目の車両の入り口に付いた三つほど横棒の付いている小さな梯子を登り、中へと入った。
2
車両の扉をくぐるとすぐに綺麗な内装の通路が視界を埋める。右を向くと、通路が後部車両の前で曲がっている事が分かる。縦棒が異様に長いカタカナの『コ』の字型に通路がなっている事はすぐに理解できた。そして、その縦棒の丁度真ん中辺りに部屋へと入る扉があった。
クッションの上を歩くような感じがするくらい毛足の長い絨毯を踏みながら扉の前まで来ると、Mr.Kakegamiと金字プレートが丁度視界の位置に冠されていて、この番組のスポンサーたちは一体、合計いくらくらいの額を出資しているのか、と掛上は思いながら金メッキの施されたドアノブを捻る。
部屋の中に入っても出資額の上限を思わせる物は何一つなく、逆にその総予算の無限さを感じさせるほど豪華な内装だった。左には二つ扉があり、通路側の扉はトイレで、もう一つの扉はバスタブ付きのシャワールームだった。列車でバスルームが普通はあるかは知らないが、おそらくこの様な豪華なバスルームは絶対にないであろう事は掛上にも予想できる。何しろそのバスルームはちょっとした豪邸にあるようなものだったからだ。
それらの二部屋を確認した後、反対側の壁一面を占めている書棚に目をやる。半分くらいは様々な分野の専門書であり、もう半分は掛上一彌の好みのジャンルの小説が占めていた。しかし、それらの小説は上半分だけで、下半分は一流ホテルにあるようなダブルベッドが付随している。
これでは本が走行中落ちてきてしまうのではないか、と掛上は想像したが、本棚の格段の下には高さ5センチくらいの金メッキの施されたパーティションが付けられていた。
そして、ベッドの横には立派な木製のデスクと、本革のアームチェアーが書棚に背を向けて備え付けられており、そのデスクの上には平均的な大きさのノートパソコンとメモ帳、それに万年筆が置かれている。用途は主に他のプレイヤーに対する考察をする為だろうな、と掛上は決めつける。
もしかしたらノートパソコンには条件付けの変更などの指示が送られてくるかも知れないとの説明は事前に受けたが、基本的にその様な事はないので大抵の場合、用途は考察用のみだとも言われたことを掛上は思い出しながら、唯一の出口である扉の右に備え付けられたクローゼットを開けてみる。中身は勿論服だが、下を見るとサンダル・革靴・スニーカーと服と同じく様々な用途に合わせた靴があった。
一通り部屋の備品を確認した後、掛上は窓を見る。出発するまでブラインドを上げてはいけないと言われているので、今はその新品のブラインドを見ている事になるが、彼は出発してから見えるであろう景色を想像しながら、ベッドに腰掛ける。
出発まであと1時間ほど。書棚に飾られた置き時計を見て、掛上は思う。
乗客がひとり増えた事。
車両がひとつ増えた事。
これから何が起こるのか。
これまでの事。
色々な事を考えながら、いつの間にか彼は微睡んでいた。
3
汽笛が三回鳴った。
それを聞いて、掛上は自分が横になっていた事に気付く。書棚の置き時計は午後十二時を指していた。
(出発の時間だ。)
そう掛上が気付いた頃には部屋が揺れ、列車の出発を彼に教えていた。
少しだけ眠たそうに、彼は窓のブラインドを上げ、徐々に流れる速度が速くなっていく風景を眺める。駅を出た直後は地元の人なのか、わざわざ遠くから来たのか分からないが、多くの人が手を振っていた。掛上は笑顔でそれを眺めながら、手を振ろうか迷っているうちに郊外に出てしまって、手を振る相手を失ってしまった。
郊外に出てから10分くらいたった時に、男性の声で車内アナウンスが流れる。
「それでは数々の試練を乗り越えてやってきた理知的な皆様。先頭車両までお越し下さい。ゲームを始めようじゃありませんか」
それを聞いて、扉を開ける前に掛上は思った。
(先頭車両はスタッフが待機している車両と一体化した機関部じゃなかったっけ?)
そうだとしても、僕たちが行ける先頭車両は二両目までだから、あながち間違えとは言えないかも知れないけど、と掛上は自分で納得した後に扉を引いて、通路へ出る。
「きゃっ!」
扉の前には丁度そこを通過している最中だった女性がおり、掛上がいきなり出てきて驚いたようだ。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたか?」
女性は掛上をしたから上へと眺めた後に「いいえ、少しだけ」と言った。
(どっちなんだろう?)
「先頭車両へ行くのでしょう。一緒に行きませんか?ほんの数歩ですけれど」
そう聞かれて、掛上は彼女を観察する。髪は黒くセミロングで、二重瞼。何というか整った顔立ちをしていて、外国人にも見えるし、日本人にも見える。体も健康的な細さで、こちらも整ったスタイルと評価できる。しかし、手首にあるプラスチック製の腕輪が三年ほど前、日本で流行ったものであるので、掛上は試しに聞いてみる事にした。
(どうせここで間違えても減点対象にはならない。)
「ええ、もしよろしいのであれば。ちなみに貴方は日本人ですか?」
そのちなみは何につながっているのか、と自分で言ったのに疑問に思っている掛上をよそに女性は「ええ、そうです。貴方も?」
「はい、そうです。ああ、良かった。外国の方ばっかりだったらどうしようかと思ってたんですよ」
心にもない事を掛上は言って、安心したフリをする。
「私もです。例年外国の方が多くなってますからね。今年は私ひとりかと思ってました」
おそらく彼女もフリだろうな、と掛上は評価しながらどちらともなく先頭列車へと歩き出す。一瞬だけ立ち止まって自己紹介をしようかとも思ったが、おそらく先頭列車に着けばさせられるのだから、今はいいかと思い、二両目、すなわち掛上の居た車両から次の車両である『先頭車両』に到着した。
「ようこそいらっしゃいました!三両目の掛上様と四両目の千綾様ですね」
扉を開けるなり勢いよく出迎えてくれたのは初老のフォーマルな服を着た白人男性だった。その右後方には同じくヨーロッパ系の人種であろう綺麗な色白の若い女性がメイド服を着て、立っていた。
少なからず掛上は白人男性を見て驚いていた。例年試験の問題が難題となるにつれ、その合格者の年齢は下がる一方だったからだ。ここ十年くらいは年齢制限もないのに40歳以上の人間は合格していない。
しかし、そんな掛上の驚きを気にする事もなく、初老の男性は執事のように話し続ける。
「それでは、他の方々がいらっしゃるまで、あちらのテーブルに用意された名札にしたがってご着席願います」
そう言って彼は一礼した。メイド姿の女性が無表情で掛上たちの名札が置いてあるだろう席を引きながら「こちらです」と言うのに従い、掛上と千綾は部屋の右側にある楕円形の上にある名札通りに着席する。すぐにメイド姿の女性は奥にある扉の中に引っ込んでしまい、白人男性は掛上たちに背を向けて扉の前に陣取っている。
「なんか、緊張しますね」
隣に位置する千綾は掛上に声をひそめて言った。
「試験用紙を配られて「開始」って言われるまでの間の緊張感に似てますよね」
「そうですね」
千綾はくすくすと笑いながら、同意する。
彼女が笑い終わった頃にはメイド姿の女性が戻ってきて、紅茶を掛上たちの前に置き始め、ほぼ車両順に他の乗客たちが部屋を訪れ、10分も経たないうちに7つ中5つの席が埋まった。
「それでは皆さんお集まり有難う御座います。番組のスタッフ一同、皆様のご参加を感謝致します」
最初からこの部屋にいた白人男性は目の前にある席には座らず、そう言ってまた一礼をする。メイド姿の女性も彼の右後方に立ったままだ。
「今この時よりミステリートレインゲームを始めたいと思います」
彼がそう言って、皆が拍手をする。
「有難う御座います。それではまずは今ミステリートレインの進行役兼執事であります私の自己紹介からさせて頂きたいと思います」
バルトロ・デ・サンクティス、と申します、何でも申しつけ下さいませ、と彼は続け、簡単な自己紹介を終え、メイド姿の女性が一歩前に出る。
「私はアリョーシャ・チャイコフスカヤと申します、皆様の旅が快適になるよう尽力致しますので、よろしくお願い致します」
そう表情を変えず言って彼女は一礼し、また定位置に下がる。
「それでは、車両番号順に皆様方も自己紹介をお願い致します」
彼はそう言って、掛上の方を向く。
「掛上様からどうぞ。ご自分のお名前と年齢、ご職業をお願い致します」
そう言われて、少し考えながら掛上はとりあえず立ち上がり、他のプレイヤーを見渡す。意外な事にもうひとりいたアジア系の人種であろう人間を見ながら、おそらく日本人ではないなと結論付けて口を開く。
「僕は掛上一彌と申します。年齢は26歳で探偵の職に就いております。しかし、探偵と言ってもミステリー小説に出てくるようなものではなく、興信所に勤めるしがないサラリーマンです。よろしくお願い致します」
そう言って、座ると同時に拍手され、千綾が次に立ち上がる。
「千綾美琴です。年は26歳で、先程掛上さんが言われたような探偵が出てくるミステリー小説を書いております」
よろしくお願いします、と掛上と同じように締め括り、彼女も着席する。
その後はモデルであるリベッカ・ロング(23歳)、医療関係の研究をしているグスタフ・アテンジャー博士(31歳)、料理人志望の李王喜(24歳)という順に自己紹介をし、車両の施設説明へと話は移った。当然の如く説明をしているのは司会進行役であるバルトロである。
「施設の説明と申しましても、この車両しか説明するところがないのですが、御覧の通り、今皆様が着席されているテーブルが食事をする際のもので、反対側の壁に掛けられたスクリーンを中心には位置されたソファが私たちが毎晩質疑応答をする談話スペースとなっております」
スクリーンは質疑応答で応えられた回答が入力され、表示される為だけのものらしく、その入力された内容は自室にもあるパソコンで閲覧できるらしい、との説明も掛上たちは受けた。そして、奥に続く扉は二つあるが、中央にある扉はバルトロとアリョーシャの寝室へとつながっており、中に入って左右に二つずつある扉のうち、奥の右側がバルトロのものとなっていて、左にあるのがアリョーシャの寝室らしい。他はトイレやシャワー室となっていて、キッチンもあるので食事はそこでバルトロたちが作っているとの事だった。バルトロたちの居住区画へ入る扉の左にあるもう一つの扉は他の5人用のトイレらしく、バルトロたちの区画にあるのは使わず、基本的にこちら側にある方を使って欲しいそうだ。
そして、外へとつながる各車両の扉は午前0時と共に施錠され、窓も同じようにシャッターのようなものが降り、朝の7時に解除されるらしい。これはこの番組が有名になってしまい、熱狂的なファンが押し寄せてきてしまう事を防ぎ、プレイヤーの安全を保護する為である。ただ、例外的にアリョーシャとバルトロの区画へと続く扉も施錠され、今掛上達がいる部屋へと入る事もできなくなるとの事だった。
「簡単な施設説明はこれで終わりとなりますが、何かご質問等々ありましたらいつでも私かアリョーシャにお訊ね下さい」
そう言って、バルトロとアトリョーシャの両名が一礼をする。
「それでは、本ゲームについて簡単な説明と、私たちが自由に決められる規定を決定したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
誰も異論はないようで、バルトロはゲームに関する規定やルールを淡々と話す。これは初見の視聴者も見易いようにという毎年恒例となっている簡単な説明であり、このゲームに参加しているプレイヤーは皆もう承知している事なので不真面目な人格を条件付けされている者、もしくはもともと不真面目な性格で人格に関する条件付けをされていないであろう者であっても理解しているはずの内容となっている。
一応皆真面目に聞いているように見えるが、李だけは足を組み、あくびをしながら座っていた。掛上も特別不真面目な人格を有しているわけではないが、先程まで寝ていたからか少し眠気を感じていた。
「…となっておりますが、質疑応答に関しての規定は参加者が自由に決めていいという事になっております」
基本規定の説明が終わったようで、バルトロは掛上たち一同を見回した後に「この質疑応答に関する規定を決めたいと思います」と発表した。
「それなら私から提案がひとつありますわ」
そう言ってほっそりとした手を挙げたのは、金髪で全体的に華奢な印象を受ける外見と対照的なしっかりとした芯をもっている声の持ち主であるリベッカだった。
「どうぞ。ロング様」
「例年通りですと、この質疑応答は皆様がいくつか質問をし、その中でひとつの質問に対してのみ真実を言わなければならない、という基本形だったと思うにですけれど、今年はそれを変えてみませんか?」
まるで教授が生徒に「君の論文のテーマはこれにしなさい」というような当然の強制力を持ったトーンで彼女がそう言ったのに対し、掛上は千綾と目を合わせた。
「そ、それは、ど、どのように変えるのでしょうか?」
新入社員が社長の発言に対してその真意を探るようにグスタフは恐る恐る訊ねる。
「簡単ですわ。ひとつではなくいくつも真実を言えるようにするのです」
何を当たり前の事を聞いているのか、という苛立ちを感じさせるように彼女は応えるが、先程まで気怠そうにしていた李が足を崩し、李が挑戦的に質問する。
「じゃあ、逆にひとつも真実を言わないってのはありなのかよ?」
「当然、ありという事になりますわね」
ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らしてリベッカが応えるので、李が苛立ちを顕わにする。それを察したバルトロは場を落ち着かせようと「まあまあ」というが、何が「まあまあ」なのか誰も分からないので状況は変わらない。
その間アリョーシャは我関せずというように目を伏したまま微動だにしないし、千綾は何故か眼をきらきらさせながらそのやりとりを傍観している。
掛上だけが静かに思考していた。
その内容はリベッカの意図は何だろうというところが7割、残りは各プレイヤーの条件付けを考えていた。
「えっと、リベッカさんが言いたいのは、もしかして、質疑に対して真実を応えるのはいくつでもいいけど、その解答に関してきちんとした理由付けが成されていれば、その解答を真実だと認める方式にしてはどうか、という事ですか?」
リベッカと李の口論がグスタフを挟んで続ているなか、掛上が静かに発言した。その発言により場は静まり、リベッカは嬉しそうに肯定する。
「つまり、今までは発言の中にひとつだけ真実が入っているという事しか分からなかったけれど、今回は何が真実かっていう事を明らかにしようって事だよね?」
静まりかえった場に少し驚きながら掛上は再度確認する。
「ええ、ええ!そうですわ!そして、その中にはいくつも真実が混ぜられていて、逆に嘘だという理由もきちんと言えるのであれば、それは嘘の発言として明らかにできるのです!」
リベッカは嬉しそうにそう言いながら肯き続ける。
「でも、そんなのどうやって証明するんだよ?」
ああ、アホらしい、とでも続きそうなトーンで李がそう言う事によって、またもリベッカは怒りの炎を顕わにする。
「他に意見はありますでしょうか?」
少し語気を強めにバルトロが無理矢理その場を納めようとしてくれたので、すぐに水に打たれたようにリベッカと李は静かになる。
「なければ、ロング様の案を基に議論を進めたいと思います」
そう言って、多少リベッカと李の衝突はあれど、1時間くらいで概要は決まった。
「それでは確認致します。質疑応答は毎日列車が止まる三時間前、21時に始め、23時には終了致します。そして、質問は皆様各5回までとし、その5回は誰に向けても良いものであり、事前に誰に誰が質問するのかという事を申し出て頂きます。質問内容は途中で変えて頂いても構いませんが、相手の変更は受け付けません。そして、3回以上の質問を回答する方は最低でも1回は真実を言わなければなりません。どの質問に対して真実を言うのか、というのは自由にして頂いて構いませんが、逆に真実を言い忘れてしまった場合はペナルティとしてその日の回答は全て虚偽であった旨を申告して頂きます。そして、全ての質疑応答が終わった時に、もし誰かしらの回答に対してそれが真実、もしくは虚偽である事が分かった方がいらっしゃれば、それを証明して頂きます。その方法は、今までの言動であったり物的証拠を基に論理的に導かれる説明を要します。その際にそれまでの言動を根拠として要する場合は、スタッフがその時の映像をご用意させて頂きますので、ご安心下さい。そして、個人的に言い逃れができない、もしくは正直に言っても問題ないと判断なされた時に、その問題となっている回答をした者がその旨を申し出て下さい。もし、反論されるのであれば、反論する前に他の5名がその証明の説得力を考慮し、納得できた者が3名もしくはそれ以上となった時点で反論は不可となり、その場で正直に話して頂きます。逆に過半数に満たなかった時には反論をして頂きます。そして、真実と見なされた発言はスクリーン上に青字で表示され、虚偽と見なされた発言は赤字で表示されます。それと、一度その証明を試みた発言は緑字で表示され、その際にされた反論と証明も括弧内に表示されます」
以上でよろしいでしょうか、とバルトロが確認し、皆が肯くのを見て、バルトロは嬉しそうに「それでは本規則は皆様方のパソコンでも御覧になれるようにしておきますので、その間は小休止という事で昼食にしたいと思います」と言って、少し疲れたように肩を落としながら奥へと続く扉の中にアリョーシャと一緒に消えていった。
(無理もない。中学生を相手にしているような感じだったんだろうな。)
そう掛上は少しだけバルトロに同情した。
「でも、よくリベッカさんがどういう意味で言ったのか分かりましたね」
バルトロの背中を見送っていた掛上の隣からそんな声が掛けられた。
「ああ、あれは、単純に何故いくつも真実を言えるっていう事を言ったんだろうって考えてたら思い付いただけですよ」
3秒ほど思考して、質問をされたのは自分だと理解した掛上は千綾にそう応えた。すると千綾は「すごいっ!」と音量を上げて言葉を発した。今にも部屋を飛び回りそうなくらい興奮しているように掛上には見えた。
「すごい!すごいですよっ!本物の探偵みたいです!」
(一応、本物の探偵なんだけどな)
そんな事を思いながら謙遜していると、リベッカが我慢しきれなくなったという感じで口を挟んできた。
「あれくらい理解できて当然ですわ!逆に私からしたら皆さんが分からなかった事に驚きです」
皆さんもあの難関な試験を通過してここにいるのでしょうに、と忌々しそうに続けているところにまた李がぼそりと批判の言葉を発する。
「あんなの世界中の天才が集まっても分かるわけねえだろ」
「何か言いましたか?」
明らかに聞こえていただろうに、わざわざリベッカは李に聞き直す。
「あの、さっきから何となく思っていたんですけどぉ、李さんとリベッカさんってお知り合いなんですか?」
一触即発の臨戦態勢に入っている二人を気にせず、千綾はそんな事を暢気なトーンで訊ねた。それを見て、グスタフと掛上は何となく千綾を、すごいなという目で見た後、その場を観察した。
「知りませんわ!こんな下品な方」
「昔ちょっとな」
二人は同時に言葉を発したが、発する音程の低さからか、李の発言はよく響き、彼を除いた全員が驚いた表情をする。
(ゲーム前の知り合い、もしくはゲームに至るまでの間に知り合った相手の事は知らないフリをしなければいけない事になっていたはずだけど)
そう考えて掛上はすぐに、ああ、そういう条件付けか、という解答を導き出した。
「昔、イタリアでちょっとな」
今までの気怠そうな李とは違う印象を受ける話し方で、彼はそう言って、口を閉じた。
「やっぱり!」
穏やかな雰囲気になった李の事をまるっきり気にせず千綾は「付き合ってたんですか?」とか「別れた原因はどっちの浮気ですか?」とか先程見せていたようなきらきらとした目で李とリベッカに訊ね始めた。
李は無視しているが、リベッカは恥ずかしそうに下を向いたまま黙ってしまっているので訊ねると言うより、かってに矢継ぎ早に千綾が想像を拡大させているだけになっている。そんな千綾をふと疑問に思った掛上は、想像から妄想の域へと拡大してきた質問を止めるように訊ねる。
「千綾さんはやっぱり作家だからそういう事が気になるんですか?」
「えっ?違いますよ。単に恋愛やミステリーに興味を持つ、ごくごく普通の女子だから気になるんですよぉ」
「ミステリーは関係ないんじゃ」
「いいえ、大ありですよっ!男女の恋愛はミステリーですっ!」
そう断言されてしまって、掛上は何も言えなくなったが、恋愛がミステリーだとは一度も思った事がなく、少し興味深いなと思った。
「あ、あの、千綾さんはどのようなミステリー小説をお書きになっているのですか?」
恋愛はミステリーの発言があった後の質問としては妥当なものだと思われる疑問をグスタフがぶつけた事により、恋愛イコールミステリーはどういう方程式になるのかということを思考していた掛上に、いかに恋愛が重要であるかという事を語っている千綾の矛先は次の獲物を捕えた。
「気になりますかっ!?」
まだ興奮冷めやらぬといった感じにグスタフを見つめて、またも語り出す。その語りが、ミステリーに恋愛は不可欠から恋愛のみの話に移行しようとした頃にバルトロとアリョーシャが料理をもって奥の部屋から出てきた。
この時点で李は眠っていたし、リベッカはいまだに下を向いていて、掛上もグスタフも千綾の餌食となり、恋愛についてはもう五年くらいは聞きたくもないくらい辟易していた。
4
昼食を食べ終え、談話スペースで何も映さないスクリーンの両脇にある窓の外を眺めながら、皆紅茶を飲んでくつろいでいた。
「バルトロさん」
掛上がいまだティポットの横から離れない彼を不思議がりながら訊ねた。
「昼食は2時頃でしたけど、夕食や朝食って何時頃でしたっけ?」
食べたばかりなのに次の食の心配?という感じの視線を送るリベッカを気にせず、掛上は回答を待つ。
「ああ、そうですね。私とした事が、注意事項等々の説明を怠っていました」
そう反省するように謝罪した後にバルトロは続ける。
「朝食は午前8時。夕食は午後6時で、本日の昼食は2時となってしまいましたが、明日からは午後1時となっております。それと、注意事項と致しましては、本列車は深夜0時に運行を止め、朝7時に再開致します。なので、その時間はシャワーなどを浴びていると滑ってしまう危険性も御座いますので、なるべくお風呂をご利用下さいますようお願い致します」
そして、寝室のカメラは列車停車時と同じくして撮影を中断し、運行再開と共にまた回り始めるが、その間の不道徳な行為は行わないようお願い致します、と続けた後に、また他に質問等々御座いましたらいつでもお聞き下さい、と言って紅茶のお湯を足しに奥に行ってしまった。
「今の聞いてた?」
千綾はまたも隣のリベッカとソファの一番端にいる李を交互に見ながらそう言った。
「何で、私が関係ありますの?」
「だって、男女関係になりそうな確率が一番高いのは前科があるリベッカちゃんと王喜君だけだよ」
(いつの間にかちゃんと君付けになってる。)
一体何をもって距離が縮まったと判断したのだろうという事を考えながら、掛上はバルトロが居た位地の斜め後ろから微動だにしないアリョーシャを見習って我関せずを貫く事にした。その掛上を見て察したグスタフも、不自然ではあったが同じように窓の外の風景に熱中しているフリをし始める。
「なんでそうなりますの!?私はもうこんな男の事は何とも思っていませんわ!」
「ホントにぃ?」
ムキになっているリベッカににたりという擬音が聞こえそうな表情を浮かべながら千綾が訊ねている。千綾のリベッカとは逆の位置にいる掛上は、もう隣の喧噪は何も聞こえていないように焦点の合っていない視線を窓の方に向けている。
「本当ですわ!ほら、貴男も何か言いなさいよ!」
「何で俺が。関係ないだろ」
「関係大ありですわ!貴男が私との関係をばらすからこんなめんどくさい事になっているんじゃないですか!」
「うんうん。仲良き事は美しきかな」
「な・か・よ・くありませんわ!」
「いやいや『アナタ』なんて普通言えないよ、リベッカちゃん♪」
「あ・な・たは何を聞いていらしたのかしら?そんな好意的な響きにどこをどうしたらなるのかしら?」
リベッカも限界に達したようで、千綾のほっぺたをつねりながら問い質す。
「いひゃいいひゃいよ、リィベッカひゃん」
勿論、そんな抗議の声は受け付けられず、千綾が謝るまでリベッカはほっぺたとつねり続けた。
(本当にこいつら二十代か?)と自分の世界に入っていた掛上と当事者二人を除く、視聴者を含めた全員が思っただろう。少なくとも一歩引いた位置で外を眺めていた李はそう呟いたが、新しい紅茶を注ぎながらバルトロは「皆様が打ち解けているようで何よりです」と年相応に落ち着いた、孫に向けるような優しい言葉を誰にともなく発していた。
「ちょ、ちょっとした心理ゲームを致しませんか?」
少し安心したのか、自己紹介していた頃より普通にグスタフが手を挙げて提案した。
「べ、別にいやだったら良いんですが」
皆がその発言を聞き届けたと同時に彼は自分の発言を取り消そうとするが、好奇心を視線に込めるように彼を見つめている千綾がそんな事は許さない。
「やろう!それやろう!」
絶対に面白いよ、と内容も知らないのに「絶対に面白いって、内容分かって言ってんのか、お前」と冷静な疑問をぼそりと口にした李の事など見えていないかのように彼女ははしゃぐ。
「何か、道具などは必要でしょうか?」
もうやる事は決定したようにバルトロは笑顔で訊ねる。
「そ、それじゃあ、紙と筆記用具を人数分貸して頂けますか?」
聞くやいなやすぐに取りに行ったバルトロが扉を閉じると共に、千綾はグスタフに心理テストについて聞き始める。
「それって何が分かるの?恋愛?運命の人?結婚年齢?」
他にも次々と心理テストで分かる訳のないような事を候補に挙げている千綾に向かって溜息を吐いてリベッカは「そんなわけないでしょう?」と一言言って脅えているグスタフを助ける。
「え、えっと、あの、心理テストでそこまでは分からないですし、恋愛に関しては僕はあまり詳しくないので、本当にちょっとしたものなんですよ」
最後にごめんなさい、と消え入りそうな声でいうグスタフを見て、掛上は助け船を出す。
「基本的に心理テストって何が分かるかっていう事を事前に知っているとダメなものだから、今聞いちゃダメだよ。それに、恋愛関係じゃないって事は大抵は性格診断的なものになると思うから、もしそうなら質疑応答の時に役立つでしょ?」
「えー、でもでも、それだときゃっきゃうふふな女子中学生の修学旅行(京都の夜編)にならないじゃん!」
「京都である必要性なんてないですし、私達は女子中学生じゃあありませんわ!」
リベッカの突っ込みに対し「ぶーぶー」と意味不明なうなり声を上げながら不平の態度を示し始める。
「大体、きゃっきゃうふふって何なんですの?」
「きゃっきゃうふふはきゃっきゃうふふだよぅ…」と言い切る前に、何か気付いたようで、声に「はっ!」と出してリベッカを見つめる。そんな不可解な行動を理解する事のできないリベッカは「何ですの?」と正当な疑問をぶつける。
「そっかぁ、リベッカちゃんは外人さんだから日本の文化や風習が分からないのかぁ」
残念そうに言うが、5秒も経たずに彼女は持ち直したようで「なら今夜は私の部屋で寝ましょう」と何故か丁寧語で提案している。
「何故そんな事を私がしなければならないのですか!?」
「あれは体験してみないと分からないものだよぅ。ほら、習うより慣れろって言うじゃん!」
そう言って千綾はそれがリベッカに伝わるか不安だったのか「ローマは一日にしてならず、とも言うよ」と訳の分からない解説を続けた。
「意味が分かりませんけど、確かに体験した方が分かり易いのは一理ありますわね。でも、変な事をしたらただじゃおきませんわよ」と忠告の言葉をリベッカが言い切る前にバルトロが紙とボールペンを人数分もって戻ってきて「初日からお泊まりですか。仲がよろしいようで良いですね」と言って、皆に配る。
皆に紙とボールペンが行き渡ったのを確認して、グスタフはたどたどしく心理テストの形式を説明する。
「え、えっと、その、僕が知っている心理テストは問題形式のもので、その問題の解答がそのまま皆さんの心理を表すものです。な、なので、僕が今からいくつか質問しますので、その答えを書いて下さい」
その解答が何を意味するのかって言うのは最後に説明しますので、と言い切る頃のにはほとんど聞こえず、掛上はグスタフが言う問題を最後まで聞けるか不安になっていた。
「これで、リベッカちゃんと王喜君の過去がっ!?」
「分かるわけありませんわ!」
(この二人はもう漫才コンビみたいだな。)
そんな事を掛上が思っていると、グスタフが問題を言い始める。
「『今日の私は、』の続きを自由に書いて下さい」
「えっ?」
それだけ?とは言わなかったが、実際に言葉を発した千綾以外の皆もそう思って、グスタフの顔を見つめていた。それを察したグスタフはすぐに「あっ、いや、あの、これは例題で、この様な短いものでも分かる事があるというのを知ってもらおうかと思いまして」と弁解をするが、千綾とリベッカの目は既に懐疑的なものを見る目になっていた。
「じゃあ、これは何が分かりますの?」
実際にやる前にさっさとこの問題の真意を教えろ、というように彼女はグスタフに冷めた目線と言葉を向ける。それに脅えてしまったグスタフは、今にも泣き出しそうに震えながら返答する。
「は、ははは、はい。あの、これは、その、『今日の私は、』の後に書いた事が今年の目標なんです」
「は?」
気怠そうに李がグスタフに追い打ちをかける。
「えっ、いや、あの、その、ご、ごめんなさい」とみるみる落ち込んでいくグスタフを気にせず、バルトロとアリョーシャが「すごいですね」という内容の会話を始めていた。
「バルトロさんたちは答えを書いてたんですか?」と掛上が問いかけると彼らは会話を中断し「ええ。しかも、当たっていました」と笑顔で報告する。
「えっ?ホント?当たってたの?なんて書いたの?」
心理テストが当たっていたという事に驚きと興奮を隠さず千綾はソファから立ち上がり、彼らが書き込んだ紙を見に行く。
「バルトロさんは、仕事を引退してお孫さんたちとのんびりと暮らしたくて、アリョーシャさんは、なになに…えっ!?」
アリョーシャさんは恥ずかしそうに紙を隠し、俯いてしまう。
「なに?なんて書いてあったの、千綾?」
興味心から訊ねるリベッカに対して、千綾は恥ずかしそうにもじもじとしながら「そんな事言えないよぅ。プライベートな事だしぃ」と言われ、「えっ!?そう。そうですの。そ、それなら致し方ありませんわね」と何故かリベッカも少し恥ずかしそうに、納得しながら引き下がる。
そんな女性陣の反応に興味心をそそられたのか、李は静かにアリョーシャの後ろに回り込み、背後に隠された紙を覗く。
「なになに…今日の私は、ネコさんとウサさんと一緒に遊んで…なんだこりゃ?」
李は「バカらし」と締め括って、もといた位地へと戻る。アリョーシャは赤面しながら下を向いたまま動かなくなってしまい、リベッカは唖然としたまま固まってしまった。
「王喜君酷いよぅ。アリョーシャちゃんが多少メルヘンな事書いてても良いじゃんっ!」
(またちゃん付けになった。秘密を共有すると親密度が上がるシステムなのか?)
冷静にそんな事を分析している掛上をよそに、千綾はリベッカが唖然としている事に気付き「どうしたのリベッカちゃん?」と疑問をぶつける。数秒間の空白の後にリベッカは石化が溶けたように「えっ?いや、何でもありませんわ」と短く言って、目を反らす。
「どうせ卑猥な事でも想像してたんだろ。『今日の私は黒い紐パンツをはいています~』とかな」
李は視線も向けずに嫌味を言うが、リベッカはアリョーシャと同じように石化してしまい、反論はかえってこない。「図星かよ」と信じられないものを見るように驚きながらリベッカに視線を向けるが、彼女は震えながら下を向いたままだ。
「えっと、あの、まあ、よくある事だって、リベッカちゃん!」という意味不明な千綾のフォローもむなしく、始まってもいない心理テストは一時中断となってしまった。
5
午後六時に予定通り夕食を済ませた後、千綾が心理テストをもう一度やりたいと言ったが、リベッカがまた下を向いたまま動かなくなってしまったので、今日は単なる会話で終わらせようという事になった。
「じゃあ、質疑応答ってわけじゃないけど、色々みんなに聞いても良い?」
「聞くって何を?」
掛上は千綾の提案に反応した李を少し意外に思いながら、夕食前に部屋から持ってきた本に目を通していた。作者の名前が千綾美琴だったので、もしかしたら、と思い持ってきたのだが、当の本人はこの本に何の興味も示さない。
「んーとね。趣味とか経歴とか、あと王喜君とリベッカちゃんの過去とか」
「明らかにお前が聞きたいのは最後のだけだよな」
呆れながら李が突っ込むが、意外にも千綾の返答は「いや、別にそれは話したくないなら良いよ」という簡単に引き下がるものだった。
(今夜リベッカから聞き出すからか?)
そんな事を考えたが、まあどちらでもいいやと思考を止め、千綾と李の会話にまじる事を決心し、掛上は本を閉じた。
「つまり、僕たちの略歴とか性格とか、普通初対面で会ったらするような会話をしよう、ってこと?」
「そうそう!今思い出したんだけど、例年通りだとそんな感じに初日は進んでたなぁって」
「確かに、そうだな。何で俺たちそんな初歩的な事に気付かなかったんだ?」
「そう言えば、そうですね。私も何となくもう昔からこんな感じだったような気がしてて失念していました」
バルトロも不思議そうに首を捻りながら会話に加わる。
「自己紹介だけしかしていないのに、何故かすぐに馴染んでしまいましたわね」
「それはリベッカちゃんには王喜君がいたからねぇ。そりゃ安心もするよ」
「それは関係ありません!」
再起動したリベッカも会話に加わり、心理テスト前の雰囲気に戻る。
「そ、そそれは僕も思いました。な、なんかこれが普通って感じがするんですよね」
「お前はそれがデフォなのか?」
勇気を振り絞って会話に加わろうとしたように見えるグスタフに李が辛辣な突っ込みをするが、それを気にせず「は、はいそうです」とグスタフが応えた事により、突っ込みが突っ込みでなくなってしまった。
「私はずっと思ってましたよ。いつそんな会話になるんだろうって」
アリョーシャが無表情でそう言って、千綾をはじめとし、李とリベッカも「なら早く言えよ!」と同時に突っ込んだ。
「いえ、聞かれませんでしたし、そんな事をせずとももう見知った間柄のように仲が良かったようですので」と弁解するも、最後に「それに私も心地良い雰囲気を感じていたので、それをわざわざ壊すまでもないかな、と思い黙っていました」と言われ、何故か三人ともテレながら黙ってしまった。
(いや、別に褒められてはいないだろ。)
そう心の中で突っ込みを入れるが、掛上もアリョーシャと同じような事を考えていたので、何も言わなかったし、実際この三人が雰囲気を作っているようなものだしな、とも思った。
「というわけで、普通の会話をしよう!」
「いや、別に異常な会話はしてないから、それはおかしくねえか?」
「おかしくねぇ!とにかく普通に会話するのっ!」
「普通の会話って、どのようなのが普通ですの?」
「そっ、それは、ほら、あれだよぅ」
「あれって?」
「ご職業は何ですか、とか?」
「それはもうやっただろ」
それにそれはどちらかというと特殊な状況であるお見合いの時に使われる定型句じゃねえか、と李が言うと、リベッカもそれに同意する。
「もう、わっかんないよっ!自分達で考えなさいっ!」
「とりあえず、気になる事を聞けば良いんじゃないかな?」
拗ね始めた千綾をフォローするように掛上は言うと、すぐさま明るくなった千綾が口を開こうとするが「あの男との過去の事は話しませんわよ」と釘を刺された事により、また黙ってしまった。
そんなころころと表情の変わる千綾を微笑みながら見ながら、バルトロが「それでは、私からよろしいでしょうか?」と助け船を出した。
「良いよっ!全然良いよっ!何でもばっちこーい!」
またも瞬時にやる気を取り戻した千綾はまるで自分への質問しかあり得ないだろう、という態度でバルトロに許可を出す。
「千綾様のペンネームは何でしょうか?」
「へ?」
肩透かしを食らったように口を開く千綾。
「えっと、名前は変えてませんよ?千綾美琴のままですよ?」
「何故疑問系?」
「では、先程から掛上様がお持ちの書籍は千綾様が執筆したものでよろしいのでしょうか?」
李の突っ込みをスルーしてバルトロは掛上の膝の上に置かれた本を示しながら、続けて訊ねるが、千綾の返答は「うん。そうだよ」という素っ気ないものだった。
明らかに自己主張の強い千綾にしてはおかしいと思った掛上は「自分の作品は興味ないの?」と思った事を訊ねるが、それも素っ気なく「うん」と返される。
「えっ?貴女の作品なのでしょう?貴女みたいなタイプの人間は真っ先にそれを自慢しそうな気がしていたのですけれど」
「でも、自分で書いた作品って、その一冊を自分が書いたってだけでしょ?他にも本はいっぱいあるんだから、そんなの自慢したって意味ないじゃん」
そんなの砂場でこの砂は私が見つけたんだよって言うようなものじゃん、と彼女は続けるが、皆彼女に意外そうな視線を向けている。
「い、意外とドライなんですね」
そう言ったグスタフの評価に皆が首を縦に振る。
「えっ?えっ?だってそうじゃない?自分の作品を褒められれば、それは少しは嬉しいけど、出版するなんて自費でもできるし、特別な事なんてなにもないよぅ」
「自費で出版したんですの?」
「ううん。大手出版社から出されてる」
「それなら凄いではありませんか」
バルトロも千綾を褒め始める。
「もう、いいよ!私の事は。次の質問いこう!」
つぎ!つぎ!と連呼するので、ここでこの会話は終わったが、自分の作品に興味を示さない千綾に疑問を抱いた掛上は「千綾さんは何故小説家になったの?」と問いかけていた。
「また私っ!?」
「応えたくないならいいよ。ちょっと気になっただけだし」
「ううん。応える。応えますよ」
そう言ってから1分間ほど彼女は俯きながら唸り続け、リベッカが止めようとした頃に「思い出した!」と顔を上げた。
「忘れてたのかよ」
「小説家になろうなんて思ってなかったんだけど、お母さんが勝手に夏休みの宿題送っちゃったからなっちゃったんだ!」と、目の前にその風景が蘇っているかのように語る。
その話の要点を纏めると、夏休みの読書感想文がミステリー小説で、それを読んだあとに自由研究の課題をミステリー小説にしようと思った当時小学5年生だった千綾は一ヶ月とかからずそれを父親のパソコンで書き上げ、プリントアウトしていつでも学校に持って行けるようにして置いたら、ミステリー好きの母親にそれを何処かの文芸大賞に送られてしまったらしい。それが見事大賞を受賞し、それからは学校に通いながら出版社に言われるがまま小説を書いてきたらしく、今は喫茶店のアルバイトをしながら小説を書いているとの事だ。
確かに本人が望んで書き始めたわけでもないし、幼い頃から小説が当たり前のように出版されているのなら自分の作品に愛着がなくても当然か、と掛上は納得したが、リベッカは「何故喫茶店でアルバイトをしていますの?」と自分の疑問をぶつけたが、これも「小説だけ書いてたら人生つまんないし」という解答により解決した。
「じゃあ、何でリベッカちゃんはモデルやってるの?」
自分ばかりが質問攻めにあって気に食わないのか、挑戦するように千綾はリベッカに似たような質問をする。突然の質問に少し考えながら、リベッカは「それは、私が美しいからですわ!」と真面目に応える。
すると、皆が「あーあ、言っちゃったよ」と実際に口に出した李と同じ事を思った表情を顕わにする。
「リベッカちゃん。それ自分で言ったらダメだよ」
千綾のまともな意見に多少たじろぎながらも、ムキになったリベッカは「何がダメですの!?本当の事でしょう!」と言うが、千綾は手を挙げて首を振り「こりゃダメだ」と言って火に油を注ぐ。
そこからはもう当初の目的は忘れ去られたようで、何故か李も巻き込まれて三人で口喧嘩が始まったが、それを楽しみながら傍観している四人は、千綾が言っていたような『普通の会話』をしていた。
「料理って、バルトロさんが作っているんですか?」
「はい、そうです。奥にキッチンもありますのでアリョーシャに手伝ってもらいながら作っております」
「み、見せてもらってもいいですか?」
「おや。アテンジャー様は料理をされるのですか?」
「は、はい。あまり上手くはないのですが、料理は好きです」
「そうなんですか。僕も、料理って言うより実際の調理だけですけど、好きですよ」
「調理、ですか?料理とあまり違わないような気がしますが」
「料理って、僕の中では野菜を切る事から盛付けや食べるまでを含めて、って定義なんですよ。逆に調理は実際に材料に火を通したり加工をするのだけことを指します」
化学の実験みたいで色々な調味料を気分で混ぜ合わせてどういう味になるかって、いうのが楽しいんですよ、と掛上は続ける。
「なるほど。ちょっとした創作料理を作る過程が楽しいのですね」
「た、確かに、レシピ通りにやって美味しい料理ができるのは当たり前ですからね。あ、ある程度自由にした方が、た、楽しいかも知れませんね」
「それなら、キッチンまでご案内致しましょう」
そう言ってバルトロは千綾たちを頼むと目でアリョーシャに告げ、彼女が頷いたのを見てから「それではいきましょう」とキッチンへと掛上とグスタフを案内した。
掛上は、李がこちらを見ていた事に気付き、彼の職業を思い出したが、あえて誘わずにグスタフの後に続いた。
6
扉をくぐるとそこは別世界、と言うより部屋の階級が明らかに自分の部屋よりも5ランクくらいは下がっている事に掛上は驚いた。
まず絨毯も敷いていない扉の幅より少しだけ広い程度の通路がつぎの車両までまっすぐ延びており、左右両方に二つずつ古びたドアがあった。バルトロによると、奥にある左の扉はアリョーシャの部屋で、右が彼のものらしい。アリョーシャの隣の扉はトイレで、バルトロの隣はシャワー室。そして、シャワー室の隣にある手前の横道がキッチンにつながっているとの説明も掛上たちは受けた。二人とも、自分達と彼らの扱いの違いに驚きを隠せていなかったが、バルトロは気にした素振りを見せず、彼らをキッチンへと招き入れる。
「ここがキッチンで御座います」
そう言ったバルトロの発言を聞き届けるまでもなく、二人は感嘆の声を上げていた。
その理由は、キッチンだけは一般家庭にあるもの以上に本格的だったからだ。床はタイル張りで、コンロは四つほど。冷蔵庫も業務用の物と、グリルまで付いており、先程の通路で見た光景は何かの間違えだったように感じさせる綺麗なキッチンだった。
「先程の光景とは大違いですね」
失礼かとは思ったが、正直に掛上がバルトロに申し出ると、彼は優しい笑顔で「食料を扱うところですからね。ここだけは綺麗にして下さいとスタッフに事前に頼んでおきました」と言って、去年までのキチンで作られた料理は食べたくないなあ、と掛上は思った。
そこは列車にあるキッチンという事もあり、所々家庭にあるようなものとは違ったが、色々なものを固定する支えを除けば、それはまぎれもない普通のキッチン。しかし、調味料や調理器具の種類は家庭のそれを遙かに凌いでおり、一流レストランよりも凄いとグスタフは評価した。
「それはこの七日間で私が作らせて頂く料理の種類に起因しております」
バルトロはそう言って、数々の調理器具の用途を説明し始めた。
一言で言ってしまえばそれは、和・洋・中など多種類の料理を作るので必然的にこれほどまでに多くの調理器具が必要だという事らしい。包丁の種類にはマグロを捌く用の物まであり、ここでマグロを解体するのか、と掛上は疑問に思ったが「これはもう使わないんですけどね」とバルトロが言って、もう使ったのか、と心の中で静かに突っ込んだ。
「あ、あの、何故包丁のところにだけ鍵が掛かっているのですか?」とグスタフはマグロ解体用ののこぎり状の物を仕舞っている箱を指して聞いた。
「それはこの包丁のセットはレンタルで、この収納箱と一緒に送られてきたのでとしか応えられません」
「確かに、わざわざ収納スペースに入れて、最後にまたそこに入れ直すというのも効率が悪いですしね」
そのまま使えるのならそれが一番効率がよい、と掛上は思ったが、バルトロは首を振りながら否定する。
「このキッチンには包丁の収納スペースがないのです」
バルトロの説明によると、彼の要望によりリフォームをした際に包丁の置き場所を作り忘れてしまったらしい。そして、今まで使っていた包丁も丁度古くなっていたし、今後はレンタルでいいか、と決まったという。
「ここの鍵はスタッフが持っているんですか?」
「いえ、それは私が持っております。ないとは思いますけれど、包丁がなくなってしまうとコトですので」
その理由から使い終わったらすぐに施錠して、きちんと保管しているらしい。しかし、その割には合い鍵を届いた時と同じようにもう一つの鍵と一緒に繋いでいる紐に掛けたまま、というのは些か不用心ではないかとも掛上は思ったが、バルトロさんが持っているなら大丈夫か、と今日会ったばかりの人間に信頼を寄せていた。
その後、滅多にお目にかかれない調味料や食材などを見つけてはそれらを使ったら何ができるかという談義が繰り広げられ、三人とも気付かないうちに1時間以上の時をそこで過ごしていた。
「もうこんな時間ですか。お二人とも、談話スペースまでお戻り頂けますでしょうか」
そう言われ、グスタフが理由を聞こうとした時に汽笛が二回鳴った。
7
「それでは皆様、初日の質疑応答タイムとなりました」
スクリーンの前に立ったバルトロがそう言って、全員分の紅茶を入れ直し終わったアリョーシャが李とリベッカの間に腰掛ける。それを見届けて、バルトロは更に司会を続ける。
「初日という事もあり、情報も少ない中から有意義な質問は難しいとは思いますが、もしかしたら今日の質問が明日の質疑応答を有意義にするかも知れません」
くれぐれも慎重に質問と回答をなさいますようお願い致します、と締めくくり、先程皆が誰に質問を何回するのか、というのをまとめた紙を見てその内容を皆に報告する。
「掛上様は5回、千綾様3回、ロング様3回、アテンジャー様6回、李様2回、アリョーシャ12回、私4回質問される事になります」
つまり、李様以外は最低でも一回は真実を言わなくてはいけません、とバルトロが言い終わる前に千綾が大きな声で「アリョーシャちゃん大人気!」と親指を挙げた拳を向けて叫んだ。アリョーシャはというと、無表情のまま下を向いて、少し恥ずかしそうにしているように掛上には見えた。
「それでは質問をする、もしくはされる順番ですが、どう致しますか?」
「別にさっきいった順で良いんじゃね?まとめて、そいつに質問する方がポカミスで真実言い忘れるってのもないだろうし、質問する方もその順番なら自分の順番も分かり易いだろうし」
素早く李が応えると、皆それに同意し、掛上から質問される事になり「では、始めましょう」と言って、バルトロがグスタフの横に腰を掛けたのを合図とし、千綾が手を挙げる。
「1番手!千綾美琴、いきます!」
「いくより質問をしろ」
「掛上さんは何カ国語喋れますか?」
李の突っ込みを無視した千綾の質問は意外と鋭いものだと掛上は評価した。基本的にこの番組が世界的なものになったとはいえ、もとは日本の番組である事から、試験は英語ではなく日本語で行われる。よって、この番組にプレイヤーとしている時点で日本語はできる事となり、もし外国人であれば二カ国語は最低でもできる事になっている。そして、更に養成所に入っていたとすると、そこでは日本語・英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語の六カ国語は絶対に覚えさせられる。故に、一ヵ国語イコール日本人、二ヵ国語イコール日本人以外の国籍、六ヵ国語以上イコール国籍不明だが養成所出身と大体の予想が付けられるようになる。
(さすが、プレイヤーになれるだけの事はあるか。)
掛上はそう千綾の評価を改め、スクリーンにいつの間にか表示された質問を眺めながら1秒ほど真実を言うか迷って「8ヵ国語」と応えた。次にリベッカが立ち上がり「それでは、私からはその話せる言葉を具体的にお聞き致しますわ」と発表する。
「日本語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語、イタリア語とラテン語です」
「ラテン語?それは基本的に喋る用途として使われていませんけれど」
「そうですけど、バチカンなどではたまにラテン語で喋ったりしますよ」
実際にバチカンの主要言語であるラテン語ではあまり会話はされず、イタリア語の方が主流ではあるが、キリスト教関係者の重要人物までいくとラテン語で会話する事もあるという事をリベッカに説明し、リベッカからの質問は終わる。
「今のは二つにカウントされんの?」
リベッカが座ったあと、気怠そうに李がバルトロに訊ねる。
「いえ。あれは回答の真意を確かめる為の質問ですので、大丈夫です。勿論、応える義務はないのであの場合は「そうです」の一言でも問題はありません」
「あっそ。んじゃ、次の人どうぞ」
バルトロの説明を興味なさそうに聞き流し、先を促す。
「は、はい。そ、それでは僕からは、か、掛上さんの国籍を聞かせて頂きたいと思います」
「日本人ですね。両親とも日本人ですし、幼い頃は外国でしたけど、人生の半分以上は日本で過ごしてます」
「おいおい。聞かれてねえ事まで応えんのはありなのか?」
「王喜君うるさい」
「はい。質問にそった回答とその後の回答、徹頭徹尾真実、又は虚実であれば問題ありません」
千綾の突っ込みにより口喧嘩に発展しそうなのを察知し、バルトロは素早く応える。
「質問に対する回答とそれに付随する説明や回答は、全てを一括りにし『一つの発言』として記録されますので、途中だけ嘘、というような事だけないようにして頂けたらルール違反にはなりません」
「だってよ。掛上さん」
「分かってるよ。大丈夫。全部ひと発言は嘘か真実かにしてあるから」
掛上の余裕の返答に鼻で息を吐き、李は黙る。
「それでは、私から二つほど質問させて頂きたいと思います」
場が収まるのを待ち、アリョーシャがそう静かに発言する。掛上はアリョーシャを見ながら、隣の千綾が何故『二つ』という点に異常な関心を示し、リベッカと小声で「恋してるねぇ」と話しているのだろうと考える。
「掛上さんはお仕事は探偵、と仰っていましたが、それは具体的にどのようなお仕事なのですか?」
「何だよ、それ?そんな質問「これを言わなきゃいけない真実にして下さい」って、言ってるようなもんじゃねえか」
李と同じ事を掛上は思っていた。確かに、最低ひとつは真実を言わなければならないのだから、これでそれを使ってしまえばそれで終わりである。掛上は何の情報も与えず、この質疑応答を終える事ができる事になり、唯一与える情報と言えば『条件付け』の勉強をしたという点だけで、それはプレイヤーであれば当たり前の事。生真面目か不真面目か、という性格も判断できない。あまり有意義な質問とは言えないし、賢いとも言えない。
掛上はアリョーシャの真意は何なのかと思考し始めると、アリョーシャが李の文句に応える。
「すみません。私の国にはない職業なので、何だろうと不思議だったんです」
不思議がったようには見えないくらい無表情に言うアリョーシャを気にせず、掛上は思考を止め、仕事の内容を説明する。浮気調査や行方不明になった人の捜索など、平たく言ってしまえばストーカーをしてお金を貰う仕事だと多少誤解を招きそうな簡略化をしながら、出社から帰宅までの一日の流れを一例に出して、更にアリョーシャが分かり易いように3分くらいかけて説明し終わると「分かり易い説明を有難う御座います」と言って、彼女は次の質問へと移る。
「先程の回答が、掛上さんが本日応えた唯一の真実ですか?」
「…」
掛上をはじめそこにいる六人全員がアリョーシャの賢さに驚いた。特に先程アリョーシャの浅慮を思わせる質問に文句をつけていた李は隣にいるアリョーシャが四次元世界の住人とでも言うように、あり得ないという表情で見つめている。
(やっぱり、バカはいないな。)
掛上は心の中でそう笑顔で呟き、実際の顔についている驚いた表情を元に戻しながら応える。
「いえ、さっきの説明以外にも真実はあります」
例えばこの回答とか、と続けようかと思ったが掛上はやめておいた。瞬時にその発言をする事により5つ全ての回答が『一つの発言』にカウントされてしまう可能性がある、と判断したからと妥当な言い訳を自分に対してしたが、本当はもっとこのゲームを楽しみたいからだ、という事を掛上は理解していた。
その後も初日の質疑応答にしてはハイレベルなものか繰り広げられ、気がつくと1時間半後には終了していた。そして、本日を締め括る為、バルトロがもう一度スクリーンの前に立ち「それでは本日の質疑応答を終了致します」と告げる。
「なお、今このスクリーンに表示してあるものと同じものが皆様のパソコンで閲覧可能となっております。お休みになる前に確認してみるのも良いかと」
そう言われて、皆が立ち上がると、バルトロは更に何か思い出したように声を上げる。
「あと、言い忘れておりましたが、朝は必ずパソコンをチェックして頂きますようお願い申し上げます」
「何かあるんでしたっけ?」
千綾がそう問うと、皆思い出したように声を漏らす。
「ああ、確か、今年から二日目からは一日限定の『条件付け』があるんでしたっけ?」
掛上が確認すると、バルトロは肯き、千綾は「そうだった!」と手を叩く。
「それでは、お休みなさいませ」と背中にバルトロとアリョーシャに言われ、皆「お休みなさい」と言って、自分の車両へと戻っていった。
質疑応答結果 ―初日―(簡略版)
※ふざけているような質問は【括弧内】に誰の質問かを記載。
※基本的に順番通り。ただし、プレイヤー全員にされた同じ内容の質問は一番はじめに記載。
掛上
・8ヵ国語(日本語・英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語・イタリア語・ラテン語)話せる。
・探偵の仕事内容をきちんと説明できる。
・探偵の仕事内容説明以外にも真実は言っている。
千綾
・2ヵ国語(日本語・英語)話せる。
・父親が番組のスポンサー。
リベッカ
・5ヵ国語(日本語・英語・フランス語・スペイン語・イタリア語)話せる。
・学校に通った事はない。
グスタフ
・7ヵ国語(日本語・英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語・韓国語)話せる。
・ネット上で毒舌にならない【千綾の質問】。
・いじめられた経験はないが、友達は少ない。
・どもる喋り方は演技じゃなくて素。
李
・リベッカとは実は過去に会ったことがない。
・今日一日嘘は一回も言っていない。
アリョーシャ
・8ヵ国語(日本語・英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語・イタリア語・ラテン語)話せる。
・好きな人はいないが、プレイヤーの中で言うと掛上がタイプ【千綾の質問】。
・スリーサイズは上から93・58・79【千綾の質問】。
・過去にメイドという職業を経験した事はない。
・あまり喋らないのは、田舎に住んでいたので同年代の友達が少なく、大勢と話したり盛り上がっている会話に入り込むのが苦手なだけ。
・プレイヤーの中では千綾が苦手【(意地悪そうな顔を千綾に向けてした)李の質問】。
・千綾の声の音量が大きいところが苦手【(意地悪そうな顔を千綾に向けてした)リベッカの質問】。
・千綾以外に苦手なプレイヤーはいない【リベッカの質問】。
・今回嘘の発言は3回言った。
・嘘を3回言ったという発言は嘘である。
バルトロ
・10ヵ国語話せる。
・全員の素性は分からないが、アリョーシャと掛上の素性は大体見当が付いているが、それは番組スタッフに知らされた情報で、本当かどうか疑っている。
・スタッフから情報を与えられたというのは嘘である。