駄文集


そつがない犯行(仮)《 第2章―二日目―》

 

1
【二日目の条件付け】
―汽笛が二回連続で鳴ったらハイテンションになり、三回連続でなったら元に戻る―
※ハイテンションとは、ポジティブでやる気に溢れた様である。単に怒鳴ることと勘違いしないで下さい。
 
(なにこれ?)
 列車が動き始めるまでに用意を済ませ、パソコンを立ち上げた千綾が見たのは、そう書かれたふざけた一通のメールだった。差出人は番組のスタッフとなっており、間違えて他の誰かから送られてきたメールではないことは確かだった。
(といっても、間違えて外部から送られてくるメールなんてあり得ないけどね。)
 即座に、確認する、という自らの行為に突っ込み、意図を読み取ろうとする。
 5秒くらいして、彼女はいくつかの可能性を思い付き、1秒くらいで最もあり得る二つに絞り込む。それは、番組の視聴率が思いのほか高くなかったので盛り上げる為か、ハイテンションという無理をした状況に追い込むことによって演技ミスを発生させる為。
(両方って理由もあり得る。)
 一日中ではなく『汽笛が二回鳴ったら』という突発性に彼女は何か引っかかる感じがしたが「深く考えても仕方ないかぁ」とすぐに諦めた。どう考えてもやらなくてはならないという今の状況を思い出し、彼女は即座に思考を停止させる。
「あーあ。アホらしぃなっと」
 そう言って彼女はノートパソコンを閉じ、ベッドの上にいまだ寝ているリベッカのもとへと向かう。
「ベッキー、起きろー。朝ですよー。ご飯ですよー」
 彼女を揺すりながらそう言うと、彼女は苦しそうに呻き声を上げて「あと五日間くらい眠らせてぇ」と言うが、そんなことを許すわけにはいかない。五日間も経ったらもう最終日じゃない、と千綾は心の中で突っ込みつつも笑顔で彼女を揺すり続ける。
 しかし、起きない。
 すぐに揺するのを止め、千綾はは彼女の耳元で囁く。
「早くシャワー浴びないとカメラで全裸姿を世界的に放映されちゃうよぉ~」
「それはイヤっ!」
 そう言って、彼女はがばっという擬音が聞こえそうなくらい勢いよく飛び起き、千綾の部屋を走って出て行った。彼女がいた自分のベッドを何とはなしに見て、自分の枕が消えていることに千綾が気付き、それを返してもらう頃にはもう列車は動き始めていた。
 
2
 お通夜のような空気の中、朝食を終えてバルトロは皆を元気付けようと精一杯明るい声で「皆様、メールは御覧になりましたか?」と言うが、千綾を除く他の五人の反応は、かなり落ち込んだものだった。
(アリョーシャちゃんなんて朝食食べる前から床に手を置いたまま動かないしっ!これじゃあ今日の『条件付け』がハイからローに代わっちゃってるよぅ。)
 そう突っ込もうと思ったが、千綾も彼らの気持ちは十分に理解できている。もともと常時ハイテンションに近い千綾でさえ「ハイテンションになれ」と言われたら抵抗を感じる。逆に、常時ハイテンションに近いからこそ、判定が厳しくなるんじゃあ、と不安にもなる。ハイテンション(強要時)とほぼハイテンション(通常時)を区別できるくらいにしなければならないのだとしたら、それはかなり疲れることだろう。
(この限定版『条件付け』の減点が通常時と変わらないなんておかしいよっ!)
 そう心の中で声を大にして抗議するが、自分の中で虚しくこだましているような気がしてきた千綾は、無理矢理「えっと、例えばどれくらいがハイテンションになるんですかっ!?」と元気良くバルトロに訊ねる。李がぼそりと「てめえの素の状態がそうだよ」と恨めしそうに言うのが聞こえたが、千綾は無視する。
「えっ?え、えーと、ですね。とりあえず注意書きにあったようにポジティブな状態を指すと思います」
 バルトロが今までにないくらい不安そうに返答する。そんな痛々しいバルトロを見て、少し心を痛めた千綾は、率先してデモンストレーションをし始める。
「例えば、こんな感じですかねっ!?」
 体でハイテンションさを顕すが、全員下を向いたままで誰も見ていない。バルトロだけが辛うじて「ええ、さすが千綾様ですね。そんな感じだと思います」と言うが、彼も下を向いたままであることには変わらない。
 そんな深海の水圧くらい思い雰囲気が続く中、汽笛が鳴る。
「ひぃっ!」
 まるで死者が腐敗しながら向かってきた時くらいに全員が驚くが、汽笛は一回だけで止まった。グスタフは安堵の息を漏らすが、リベッカは「なんですのっ!驚かせやがりましてっ!!」と汽笛の方向を向いて文句を言う。その姿は人生の不運を神に呪うかのようだな、と千綾は評価して、この状況の打開策を考え始める。すると、すぐに掛上が「皆さん、打開策を考えましょう」と言って、絶望を写していた7人の目はやる気の炎を写し始める。
「とりあえず、バルトロさんもアリョーシャさんもまた座って下さい。一緒に考えましょう」
 そう掛上が言って、7人全員が席に座りテーブルを囲むと、初日からは考えられないくらいに真面目に馬鹿げた「条件付け」に対して議論が繰り広げられた。ひとりが案を出すと、そのデメリットとメリットを即座にもう一人が言い、総合的にどうか、という議論が繰り広げられる。ある程度まで議論が進み、行き詰まると、すぐに次の案が提案される。
 30分ほどで大量の案を考察し終え、掛上が「今までの案の中で一番良いのはどれか決を採ります」と言うが、彼らの前に今までの案が書かれたものはない。が、そこは難関試験をくぐり抜けた面々。皆各案をしっかりと記憶しており、一人一つずつ候補を挙げていく。全員が候補を言い終わったあとに、その提案者の名前を言い採決が成されると、またも掛上が「それでは賛成者多数で『皆一言も喋らない』という作戦でいきたいと思います」と締め括ろうとした時、簡素な電子音が室内に響き渡る。
「あっ、すいません。スタッフからの連絡のようです」とバルトロが不安そうな声で説明すると、女性の声で「その案は認められません。皆絶対に喋って下さい」とアナウンスが流れた。
「スタッフから突っ込みが入っちゃったよぉ!」
 千綾が袖を引っ張りながら小声で掛上に抗議すると、掛上は死んだような目で、上を向いていた。周りを見回すと、千綾以外の全員が同じような状態で、アリョーシャに至っては顔をテーブルに預け「アハハハハハ」と壊れた機械のように乾いた声で笑っていた。
(もうダメだ。今日はみんなゼロ点まで減点されてゲーム終了だ!)
 別にゼロ点になったら強制終了というのはあり得ないのだが、千綾はそう考えて、全てを諦める。
「いや、ちょっと待てっ!」
 千綾はもう何もかもがどうでも良く、誰がそう言ったのかは分からないが、聴覚だけ再起動し、とりあえず耳を傾ける。
「皆まだ諦めるな!さっきの次に賛成者が多かった案でいこう!」
 そう言われて、千綾はその案を思い出そうとするが、上手く思考できない。
(ああ、人間って絶望すると考えることもできなくなるんだ。)
 そんなことを感じたような気もするが、千綾は自分が今何を感じて何を思っているかなんて分析する事はできない。
「あの、皆が減点覚悟でちょっとだけ努力するって案だよ!おい!聞いてんのか!」
 そこまでいわれて、全員に精気が少しだけ戻り、言葉を発していたのは李だということが認識される。
「ああ、あの、私だけは今まで通りで、みんなポジティブ発言で乗り切ろう作戦だっけ?」
 千綾はなんかそんな感じだったなぁというように言葉を絞り出す。
「そう!そうだよ!それだよ!」
 最後にちょっと違うけどな、というのを聞き届けると同時にまた少し皆に精気が戻り始める。
 
3
 絶望の淵から生還して1時間経った頃には、皆いつも通りの状態に戻ったように千綾には思えた。結局、李の提案通りとりあえずベストを尽くそう案に決定し、皆汽笛に脅えつつも普段通りを装うことに務めている。
 しかし、千綾が部屋から持ってきた笛を「ピー!ピー!」と二回ならすと皆が1メートルくらい飛び上がるので、千綾は自分の観察は間違っていたな、と結論付ける。
 そして、千綾の笛が李とリベッカにより乱暴に取り上げられてから15分くらいすると、本物の汽笛が二回連続で鳴った。
「うおぉぉぉぉぉぉ!今、俺すっげえおもしろいこと思い付いちまったぜぇぇぇぇ!」
 唐突に立ち上がり、雄叫びか言語かよく分からない音を口から出す李に驚きながら、リベッカは同じように言語と言えるのか判別し難い音を出す。
「えぇぇぇぇ!?なんですのっ!?私退屈に飢えておりましたから何でも致しますわよぉぉぉぉぉ!」
「た、退屈に飢えてるって、それ退屈したいって意味じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あらぁぁぁぁっ!そうですわねぇぇぇ!!私としたことがぁぁぁぁ!!」
「お前はお茶目だなぁぁぁぁぁ!!!そんなことより、心理テストだぁぁ!昨日やれなくてうずうずしてたからなぁぁぁ!!!」
「あらぁぁぁぁぁ!心理テストですなんて、ばっちこいっ!ですわぁぁぁぁ!!」
「ぼ、僕の出番ですねぇぇぇぇ!い、いやっほぉぉぉぉい!」
(注意書きに「単に怒鳴ることと勘違いしないで下さい」って書いてあったのに。)
 そんなことを思いながら、千綾も会話に立ち上がり、参加する。
「心理テストっ!?やるのっ!?運命の人とか分かるっ!?」
「それはぁぁぁぁ、昨日わかんねえって言ったじゃねえかぁぁぁぁぁ!!」
「知ってるよっ!?試した…」
 そこで汽笛が三回鳴る。
「・・だけだよ」
 千綾がそう言いきった頃には李とリベッカ、それにグスタフは汗を流しながら肩で息をして項垂れていた。そして、呼吸を整えた後に、李は掛上たちを睨む。
「お前たち、何でハイテンションになってねえんだよ」
 睨み付けられた三人は、頭をかきながら言い訳をする。
「医者にハイテンションになると死ぬと申しつけられておりまして。申し訳ありません」
「私は、女の子の日ですので、ハイテンションはちょっと…」
「僕もちょっと持病のハイビスカスが発作を始めてて。ごほっごほっ」
 ふざけているのか真面目なのか、言い訳を言い終わると、斜め上を向き、口笛を吹きながら三人は部屋を抜け出そうとする。
(何故三人ともニルヴァーナのスメルズ・ライク・ティーン・スピリット?)
 3号車に続く扉をグスタフが機敏に動いて塞ぎ、同じように素早く動いたリベッカが奥へと続く扉の前に立ちはだかる。それに気付いた三人は一様に「何ですか?部屋にちょっと忘れ物を取りに行くだけですよ」と同じ言い訳をする。そこまで来ると答えは明白だ、と千綾は思った。同じく気付いた他の四人と肯きあう。
「お前ら、俺らをスケープゴートにしただろっ!?」
「(ばれてしまいましたよ、掛上様!)…コホン。何のことでしょう?」
 そう小声で言った後にしらを切るバルトロの声は、全て他の四人に聞こえている。しかし、バルトロ本人は知らんぷりを決め込むようで、既にニルヴァーナを口笛で吹きながら斜め上を見つめる作業に戻っている。
「えっ!?いや、バルトロさん!酷いですよ!裏切りましたね!」
 李をはじめとする四人の矛先が掛上に向かうと明らかに共謀していましたという発言を狼狽えながら掛上はしてしまい、嫌疑から確信へとなった。
「やっぱりてめえら三人ともグルかよ!」
 手を鳴らしながら近づいてくる李に掛上は「発案者も実行犯もバルトロさんです!」と抗議するが「誰が発案したかなんて関係ねえんだよ。それに実行犯ならてめえら全員だろ」と突っ込まれ、意味を成さない。三人はすぐに肩を掴まれ、スクリーンの前に正座をさせられ、ソファに座った四人と向かい合わせられた。
「一応、弁明して頂こうかしら?」
 そう李と同じく中央に座ったリベッカが口を開くと、三人は顔を見合わせる。
「いやあ、恥ずかしくって、つい。ねっ?」
 真ん中に正座する掛上が頭をかきながら侘びもせずに笑顔でそう言うと、四人のうち中央に座る二人から何かが切れる音がして表情は怒りから笑顔になり、どこから出しているのか分からない声で相談し始める。
「リベッカさん。こいつらどうしましょうか?」
「あら、王喜さん、血祭りがよろしいかと私は思っていたところですのよ。オホホホ」
「血祭りですか?生温くありませんか?」
「そうですわね、私あまりこういう経験がありませんので、どうしたらいいか分かりませんの。オホホホ」
(ベッキーの「オホホホ」は狂気が感じられるなぁ)
 そんなことを思いながら、千綾はこの状況を楽しみながら傍観していた。
「私は唆されただけで、彼らとは関係ありません!どうか見逃して下さい!」
 三人の処罰、と言うより処刑方法を具体的に相談している二人に恐怖したらしく、涙ぐみながらアリョーシャはそう懇願する。
「アリョーシャ!」
「ずるいですよ!アリョーシャさん!」
 そう残りの二人は抗議するが、涙ぐんだアリョーシャに辛うじて残っていた良心をくすぐられた李とリベッカは「ま、まあ、彼女の場合は仕方がありませんわね」と結論を下し、アリョーシャは見事正座組からソファ組に格上げされた。
 それを見ながらバルトロは悔しそうに「私も年ですので、仕方がなかったのです。どうかご理解下さい!お願いします!」と懇願するが、アリョーシャで使い切ってしまった良心はもう李とリベッカの心には残っていない。
「さて、次に汽笛が二回鳴ったら、こいつらには何をしてもらおうか?」
「そうですわね。元気な子犬の真似でもして頂きましょうか?」
「り、リベッカさん、それは良い案ですね!そ、それじゃあ、掛上さんにはそうしてもらうとして、バルトロさんにはどうしてもらいましょう?」
 標準でおどおどしているように見えるグスタフまで加わり、更にその決議は進む。
「バルトロさんはお年ですからね。身体的にもっと楽で、精神的にもっときついのが良いですね」
 いつの間にかソファ組の新入りアリョーシャも決議に加わっていた。それに対してバルトロは「私に何の恨みがあるのですか!」とアリョーシャに抗議するが、それは無視され、リベッカが「あら、貴女は優しいですわねぇ」と言ってアリョーシャを褒める。掛上はもう子犬の真似で決定したようなので、正座をしながら放心している。
(掛上さん、器用だなぁ)
 そんな風に千綾が感心していると、バルトロはロリコン変質者という決定がなされ、また簡素な機械音が鳴り響く。
「先程は訓練だったので短かったのですが、次は倍以上の時間ハイテンションでいて頂きます」と正座組にとって死刑宣告となるアナウンスが流れた。そのすぐ後にバルトロが孫の容態を尋ねるように深刻そうに「先程のは何分くらいでしたか?」と小声で訊ね、掛上が「15分くらいです」と同等の時間が余命だと告げられた患者と同じくらい落ち込んだトーンで告げていた。
 
4
「ひやっほぅぅぅぅ!」
「わんっ!わんわんっ!」
「はぁはぁ!きみっ!可愛いねぇ!」
 こんな奇声が飛び交っている中、三度汽笛が鳴ると、
「はぁぁぁぁ」
「もうやだ」
「…殺して下さい」
 というシーソーの逆側のように落ちている発言が成される。
 そんな中、実質的に素の状態とそこまで変わらない千綾は「これがシーソー効果って奴か」と勝手に納得していたが、疲れても突っ込みを忘れない李が「なん、だよ、それ」と息も絶え絶えに突っ込んできて、李の突っ込みに対する熱意に感動していた。
 しかし、それも5分くらい経てば見た目だけは元通りになり、いつの間にか「テンションが一番低かった者」と多数決で見なされた者の次のシチュエーションを考える会議へと移っていた。
「それでは、アテンジャーさんが一番テンションが低かったという事でよろしいですわね?」とリベッカが言い、無意味な抵抗として首を振っているグスタフを無視して、彼をどうしたらいいか全員が案を出し始める。
 数分と立たず、次に備える為女装したグスタフがソファに用意され、千綾は優れた頭脳の無駄遣いの最たる例を見た。
(みんな意外と楽しんでるじゃんっ!)
 そんな事を思っていると、すぐに汽笛が二回なり「もう!?」「また!?」といった発言がハイテンションバージョンで言われ、会話(奇声)が部屋を満たし始める。
「ヘイっ!ユーたち、さっき言ってた心理テストでもやってみるかいっ!?」
 もう『条件付け』の性格はどこへ行ったのやら、と思える調子で掛上が心理テストを再提案し、一瞬だけ沈黙が訪れる。
(あっ!そうか!心理テストで紙に回答を書いてる間は黙ってても不自然じゃないんだ!)
 千綾だけでなく皆その事に気付いたらしく、ハイテンションで李が同意を示す。
「おぉぉぉぉぉ!それはまたすっげえ楽しそうな提案だぜぇぇぇぇぇぇ!」
「やりましょう!きっと今までの人生で一番素晴らしく楽しいですわっ!」
 そう言って、皆がムーンウォークやバック転をしながらソファーに着席するが、座るやいなや、李が頭を抱えて立ち上がる。
「おぉぉぉう!しまったぁぁぁぁ!紙がねえぜぇぇぇぇぇ!俺がダッシュで取ってきてやるから、お前ら待ってろよぉぉぉぉ!」
 皆の目が一瞬ぎらりと鈍く光り、李を抜け出させない案を思考始める。
「李様。こちらを御覧下さい」
 扉に向かって掛けだした李の腕を掴んで、止めたアリョーシャはいつもと変わらないトーンでそう言うと、エプロンドレスのスカートを叩いて「さんっ、はいっ!」と言って、スカートの中から大量の紙束を取り出す。その光景に一瞬呆気に取られた李は「うぉぉぉぉ!アリョーシャすげぇぇぇぇぇ!」と言って紙束を受け取り、自ら皆に配り始める。
 全員に行き渡り、無駄にリベッカがその場で足踏みをしながらグスタフによる心理テストの出題を待っていると、千綾はふとした事に気がついた。
(ハイテンション中に心理テストするって事は、ハイテンションになる答えをしなきゃいけないって事!?)
 しかし、その心理テストの問題が何を意図しているのかはグスタフしか分からない。掛上もその事に気付いたようで、千綾が彼を見た時には冷や汗を垂らして緊張しているようだった。が、そんな心配をよそに、可愛らしく飾り付けられたグスタフは出題するべく口を開く。
「え、えっとぉ、そのぉ、皆さんわぁ、空を飛んでいる夢を見ていますぅ。ど、どんな感じで空を飛んでいますかぁ?」
 裏声で発せられた言葉を聞き届け、部屋が一気に静かになる。勿論これはグスタフの裏声に引いたからではない、と千綾は思ったがリベッカは明らかに鳥肌を立たせて硬直していた。一応、フォローの為「グスタフちゃん、きゃっわいいっ!!」と千綾はリアクションを試みたが、空振りに終わり、虚しさを紛らわせる為に「えーいっ!」とかけ声を発しながら回答を書き始める。
 しばらくするとわざと沈黙を長引かせる為か皆一心に紙に回答を書き続けていて、再起動したリベッカでさえ裏面へと突入していた。バルトロは筆速が早いのか、もう六枚目を書き終えて、定食屋でおかわりを頼むように「次ぃぃぃぃ!お願いしますぅぅぅぅ!」と言ってアリョーシャに手を差し出していた。アリョーシャも羞恥心が消えたのか「さんっ!はいっ!あっ!間違えて鳩がっ!」なんて返答している。
(っていうか、アリョーシャちゃん手品上手いなぁ。)
 しかし、千綾はそんな状況が、更に15枚ほどバルトロが書き終わる頃には限界である事は理解していた。皆も同じ考えのようで、数分後李が「うおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!一番だぜぇぇぇぇぇ!」と言って、沈黙の終わりを告げて、堰を切ったように次々と終了した旨の奇声を皆が上げ始める。
 合計30枚近くの論文を書き上げたバルトロが「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」と更に5分以上の時間を稼ぎながら言いながらペンを置いたのを見て、グスタフが出題の真意を告げようと口を開こうとする。
「ユージャストウェイトっ!」
 もう外人キャラになってしまった掛上がグスタフの口を閉じさせる。
「エブリバディのアンサーをリッスンしてからその真意をテルアスプリーズぅぅぅ!」
「おう!そりゃぁぁ、さいこぉぉぉぉに良い考えだなぁぁぁ!掛上ぃぃぃぃ!」
 そして、書き終えた順にその内容を発表する事になった。皆内容が現状のハイテンションな自分を飛ばしているだけのようなものだったが、千綾は明らかに一番量の多いバルトロの回答は少し期待していた。しかし、バルトロが1頁目を言い終える前に汽笛が三回鳴った。
 そこからまた、息を調えたり、グスタフは「着替えてくる」と部屋に戻り、ソファに皆が集まるまでに10分くらいかかり、掛上は懸念していた事をグスタフに訊ねた。
「さっきの問題は何を顕すんですか?」
「え、えっと、皆さんの悩みに対する現状、です」
 そう聞いて、皆が心理テストの信憑性を確信し、試合に負けたかのように肩を落とした。
 
5
 全員が心配していたであろう、ハイテンション食事は杞憂に終わり、びくびくしながらも皆が食事を静かに終わらせた後、ごちそうさまの代わりに「ふう」とバルトロが溜息をもらし、皆を見回して、ぼそりと不穏な疑問を口に出す。
「汽笛が二回なったらって事は、質疑応答もハイテンションなのでしょうか?」
「そ、それはないんじゃないでしょうか?」
 グスタフのように喋る掛上の声は虚しく室内に響く。
「いや、さすがに、ないと思いますわよ?」
「そ、そうですよ。それだと番組の趣旨から外れてしまいますしね?」
「いや、なんでみんな疑問系なの?」
「そう言うお前だって疑問系じゃねえか」
 重い雰囲気になりそうな流れを打ち切ろうとした千綾の突っ込みは、李による更に冷静な突っ込みにより無駄に終わり、また木星級の重力に近い雰囲気になる。
「でもでも!昼食も夕食もハイテンションになると心配してたけど、ならなかったしダイジョブだよっ!」
 確信ではないが、そう思いたいと希望的観測をできるだけ元気良く千綾は言うと、皆同じ考えだったようで、同意し始める。
「という事は、あと2時間我慢すればいいのですわね!」
 そうリベッカが言うと、汽笛も鳴っていないのに全員希望に満ち始めたようにテンションを上げ始める。
「あと2時間か!」
「楽勝じゃねえか!」
「それくらいなら私も頑張れると思います」
 各面々がそんな以後2時間の抱負を交わしていると、またも簡素な機械音が鳴り響き、アリョーシャは「ひぃ!」と声を上げる。
「質疑応答はハイテンションでなくて結構です。紛らわしいので、九時を知らせる汽笛は一回のみとなります」
 そのアナウンスを聞いて、まるで長年待ち焦がれていた救世主が現れたかのように皆、更に喜び始める。今にでも「勇者様!にっくき魔王を倒して下さいませ!」とでも誰かが言い出しそうな雰囲気だな、と千綾は評価する。
 千綾は、皆が談話スペースと食卓の間の空間に移動している事に気付き、何をするのか観察していると「それでは次がおそらく最後の一回になると思いますが、皆様、全力を尽くしましょう!」とバルトロが言って、六人が円陣を組んで「オー!」と言っていた。
(なんのスポ根ドラマ?)
 そんな疑問を抱きながら、今までのハイテンションモードの六人を思い返してみた。
 夕食の前にあった回ではもう、誰がどんな性格なのか、もっと正確に表現すると、全員人間なのかも怪しいくらいに狂気的なハイテンションだった。あれをハイテンションと四で良いのか千綾には疑問だったが、天の声たる車内アナウンスは何も言わなかったので、大丈夫だろうと判断している。おそらく皆性格上の条件付けは捨てて、本日限りの条件付けでの減点を防ぎにいったに違いない。そう考えた千綾は、今夜の質疑応答ではその点を皆に聞こうと思った。
「しかし、最後の一回だと考えると、ロング様の罰ゲームは取り消した方が良いでしょうか?」
「いや、最後だからこそやるべきだろ」
「貴男はさっきの事をまだ引き摺っていますの?」
 円陣は解散され、皆ソファに座りながら次の罰ゲームをさせるかさせないか、という議論をしていた。
 結局、今日一日で千綾を含めて罰ゲームを課せられなかった者はおらず、皆最低でも1回は奇怪なシチュエーションでのハイテンションを経験していた。次の罰ゲームをリベッカがするとしたら、李と並んで最高回数の6回目の罰ゲームとなる。千綾を含めて皆が意外だったのは、アリョーシャが唯一の最低回数である1回を記録していた。
(アリョーシャちゃん手品以外に色んな大道芸しながら会話するんだもんなぁ。)
 もう彼女はサーカス団員という罰ゲームを自主的にしているようなものだ、と途中から全員が思っていた。
「次って、ベッキーはどんな設定なんだっけ?」
「オゾン層ですわ」
 罰ゲームも回を重ねる毎に動物から植物、植物から固体物質、固体から液体、というようにだんだんと難易度を上げていた。もう気体へとなっていたようだが、もし次の次があるなら何になっているのか少し興味深いな、と皆の喜びを台無しにするような事を思いながら「それってどうやるの?」と訊ねた。
「分かりませんわ!大体、ハイテンションなオゾン層って何をするものなのですか!?一酸化炭素と結合して二酸化炭素にでもなりますのっ!?」
 それをどうやって顕すのだろ、とは聞かず「そうなったら途中から二酸化炭素になっちゃうね」と千綾は言った。
「ええ、そうですわ!途中から二酸化炭素になるのはありですの!?」
 応えてみなさいよ、とでも言うようにリベッカは皆に尋ねるが、皆一様に「ありですね」とどうでも良いよ、と言外に言うように応えた。それがまたリベッカの怒りに油を注ぐ。
「分かりましたわ!なってやろうじゃないですの!二酸化炭素になって皆さんの肺を苦しめて差し上げますわ!呼吸困難になっても知りませんわよ!」
「二酸化炭素を大量に肺に入れても人体に害はないよ」
 窓の外に焦点の合わない視線を送りながら掛上がそう言うと、言葉にならない音を口から出しながらリベッカは悔しがる。
 それからしばらくして二回連続で汽笛が鳴ると、リベッカは意味不明な行動を意味不明な音を発しながらし始め、心理テストをしようとしていた皆を笑いで行動不能にし、李は呼吸困難で死にそうになっていた。
 千綾の感想は、皆と同じ尋常じゃなく面白いというものと、その一連のリベッカの行動をどう説明したら他人に伝わるだろうという疑問のみで、質疑応答が終わって眠るまでずっとその事を考えては思い出し、一人で失笑していた。
 
質疑応答結果 ―二日目―(簡略版)
 
掛上
・性格は条件付けられいて、その内容は冷静で年相応の一般男性のものを演じる事。
・本当は他人に無関心で無口な人間である。
・バルトロたちを唆して、李たちをスケープゴートにしたのは自分である【李の質問(このあと、発言の真偽に関わりなく空気椅子を強いられた)】。
 
千綾
・性格は素。
・父親は有名出版社の会長だが、それが理由で自分に有利な一日限定の条件付けがされたわけではない、と思っているし、ハイテンションは正直辛かった。
 
リベッカ
・性格は条件付けられていて、その内容は高飛車なお嬢様。
・最後の行動はオゾン層が二酸化炭素となる過程を表現したもの【千綾の質問】。
・音はその変換する際に生じるエネルギーの放出を表現したもの【李の質問】。
・いやですわ!【(もう一度やって見せてくれと頼んだ)李の質問】。
・~ですわ、~ですの、などの語尾は条件付けを自分で解釈して言っている。
 
グスタフ
・性格は素だが、普段はあまり会話はしない(というよりできない)。その理由は友達が少ないから。
・これらは嘘ではない。
 
・性格は素だが、リベッカと千綾に対しては普段より強めな態度になっている。
・リベッカと千綾の事が嫌いだから【千綾の質問(その後、リベッカに強制的に正座を強いられた)】
・今日の限定条件付けは楽しめた。特に他人の罰ゲームが楽しかった【リベッカの質問(真偽に関係なく5冊の百科事典を足の上に載せられる)】。
・特にリベッカに科せられた罰ゲームはどれも傑作だった【アリョーシャの質問(更に10冊追加される)】。
・ごめんなさい【(最後に何か一言と問われ)バルトロの質問(しかし、足の上に置かれた15冊は質疑応答が終わるまでどかされなかった)】。
 
アリョーシャ
・性格は条件付けられていて、その内容は無口な不思議少女。
・本当の性格は似ているが、無口と言うほどではないし、不思議でもない。
・大道芸は養成所で習った。
・手品の仕込みは朝食を食べる前に一応していたが、使うとは思っていなかった【掛上の質問】。
・他にも剣を飲み込んだり、火を噴くくらいはできる【千綾の質問】。
・四人をスケープゴートにしたのはバルトロの案【李の質問(このあとバルトロもアリョーシャに文句を言いながら強制的に空気椅子)】。
・これらは全て嘘である。
・本当は掛上の案【グスタフの質問(このあと水が入ったバケツが掛上の膝の上に置かれる】。
 
バルトロ
・性格は条件付けられていて、その内容は優しい老紳士。
・本当は普通のおっさん(本人談)。
・スケープゴートの案はアリョーシャの案【李の質問(アリョーシャはなにもされなかった)】。
・本当は自分の案【リベッカの質問(掛上と同じように水の入ったバケツが置かれる)】。
・執事という職に就くのは今回が初めて。
 
証明―二日目―(プレイヤー閲覧版)
 
問題発言とその内容:掛上の『性格は条件付けられいて、その内容は冷静で年相応の一般男性のものを演じる事』という発言を嘘と判断する。
提起人:千綾。
証拠:ハイテンション中の掛上は英語を扱うにわか外人キャラとなっている。
結果:『特に隠す事でもないので、認めます』と 掛上が告白するので、以降上記発言は赤字となる。