駄文集


伽藍球《二章~各国の思惑~》

 

二一一〇年七月、暫定国連本部チェルノブイリ
 
 久瀬居一人の宣戦布告から三ヶ月が経ち、状況は大きく変わった。
 まず、戦力と国際的な影響力が最も強かった米国と英国があっけなく征服されてしまった。世界地図上では北アメリカ大陸及びアイルランド・スコットランドなどを含む英国全土。これらが僅か三ヶ月でグリーンランドからの侵攻に耐えきれず制圧された。
 原因はレーベンスラウム国の戦力を甘く見ていた国連の認識だった。彼らは対『人類主義』時よりも遙かに多く、そして高性能なルースタングを投入し、反抗する間もなく地図の色が塗り替えられた。
 次に挙げられる原因は、国連の常任理事国。しかもその中でも最も発言力のあった二国が瓦解してしまったことにより、国連内で権力争いが始まった。主立った主勢力は仏・露・中・日の四国。
 現状ではレーベンスラウムが海の向う側にいる仏以外は反抗体制を整えることよりも次期国連主導国としての影響力を強めることしか考えていない。勿論、これにより仏と同じく危機感を伴った欧州や南アメリカ大陸の国々は仏に味方している。しかし露・中・日の三国はどうせすぐに征服される国々だ、とでも思っているかのように相手にせず、主導権のありかを明確にする為の議論を優先的に提案しつづけてレーベンスラウムに対する対応を話そうともしない。
 そんな情勢下で日本から代表として送られた男性が溜息混じりに会議場を流し見る。
 今は何度目になるか分らないくらい見た久瀬居一人の宣戦布告演説を皆仲良く黙って視聴している。
「……我々は何も望まなかった。ただその日を普通に暮らせれば良かった。しかし彼らはそれすらも許してはくれない。我々を人ではないと言う。だが、人間とは思えない行為をしているのはどちらだろうか。無意味に我々を虐げ、我々を物以下としか思えない行為を繰り返す彼らは果たして人間と言えるだろうか。答えは否! 故に、これは宣戦布告ではない。人の形をした化物どもの粛正である。我々が行われた所行を化物どもに味合わせてやろう!」
 歓声と共に演説が終わる。
 それを見ながら日本代表の男性は思う。久瀬居一人は何も間違ったことは言っていない。彼らが報復をしたいというのであれば、確かに彼ら契約不可者にはその権利があるだろうと。しかしそれは十年前までの世界での話だ。
 久瀬居がこの十年間ほど、魔界に行っていたことはもう何度もここで話されいる。それにより、彼がここ十年間地上で何が起こり、何故レーベンスラウムという国家が成立したのかを知らないのではないか、と言う見解も多数出ている。
 だが、日本代表の男性の意見は違っていた。久瀬居は知っているのだ。体制が変わり、契約不可者を養護する国家が出来上がったところで、いまだ虐げられている者が世界各地にいることを。そしてそれらの人間は助けを乞うこともできずにその状態でいることを余儀なくされていることも。
 実際に暴行や性的虐待により現状から抜け出せずに、レーベンスラウムの保護も頼めない、いや正確には助けを望まない契約不可者の例は世界各地に数多くある。彼らの多くは精神的もしくは肉体的、あるいはその両方で契約者に縛られ、家畜以下の生活環境を強いられている。これもこの議会で出尽くした議題だ。
 そんな者たちを強制的に周囲の人間から引き剥がそうとした事例もあるが、そのほとんどの事例はレーベンスラウムへと搬送する途中で彼らが自害してしまい、それがレーベンスラウムにより、国連側の虐殺行為と真実をねじ曲げて大々的に放映されてしまっている。
 故に現在では、レーベンスラウムに立ち向かうか支配をよしとするかの二択になっているようだが、立ち向かうには国連加盟国全体の軍事行動が必須となる。そして当然ながら今の国連は主導権争いでそんな余裕はない。
 つまり現状のままでは、契約者達全員の死をもって解決する以外の道が閉ざされてしまっている。
「……ふう」
 ある時を境にするようになってしまった自虐的な溜息をして、若い日本代表の国連議員は考える。このままでは契約者の未来は閉ざされたままだ。だが、どうする?
 彼の手元にこの状況を打破するカードはない。かといって、現在行われている議論の大半は無駄だと言っても、誰も聞き入れはしないだろう。それはこの会場にいる全ての人間が理解していることだからだ。
 無駄を無駄と理解してなお、不毛な権力争いをしているのだ。
 ふと日本代表議員の頭に『このまま久瀬居に全てを滅ぼしてもらった方が良いのでは?』と契約者らしからぬ考えが過ぎる。
 このような危機的状況ですら、危機感を感じることができているのは国境付近に兵を並べられた国の人間だけ。その状況を連日連夜スクリーンに映され、実際にどのような状況になっているのかを認識しながら、多くの人間は危機意識が乏しいままだ。
「……ふう」
 日本代表議員は再度溜息を漏らす。それと同時に会議場の時計が午後五時を指し、鐘を鳴らす。
 その鐘の音を合図に、権力闘争に身を窶している各国の代表が口を閉じ、席を立つ。
 この状況下でなお、彼らは定時に仕事を終えたと認識できるのか。そう内心憤慨しつつも、今日に始まったことではないと自分を納得させ、日本代表議員は会場から、用意された自室へと戻る。
「本国からの連絡がありました」
 若い代表議員を補佐する為だけに本国から共に来た秘書官が紅茶を用意しながら伝える。
「どうせ、まだ国連を牛耳れないことを怒られるだけだ。明日の朝にでもかけ直す」
 疲れた表情で本国から課せられた無理難題を批判するが、秘書官が否定する。
「いいえ、どうやら日本の立場を明確にできるカードが手に入ったようです」
 日本の立場を明確にできるカード? そんな大層なものを自国が有していたことなど知らない議員は怪訝な顔をせざるをえない。
「詳細は議員のPCに転送しておいたとのことですので、それを確認し次第ご連絡なさった方がよろしいかと」
 そう言って秘書官は紅茶の横にPCを置いて、退室する。
「カードゲームなんざ碌にやったことがないが、本国様の命令なら仕方がないな」
 そう皮肉を言いながら議員はPCを起動させて、メールを確認する。
「ご大層に【機密事項】とか件名に入れてたら、どうぞ他国に見て下さいといっているようなものだろうに」
 更に不平を漏らしながら、件名をクリックする。
「……は?」
 メール内容と添付されたファイルを全て見ても、彼は絶句する以外のことができないでいた。
 秘書官は本国に連絡した方が良いと言っていたが、これは議員にとっても連絡せずにはいられないないようだ。確認して、メール内容が本当なのかを問い糾さねばならない。
 日本という国柄から、これが同僚のおふざけメールということはあり得ないが、議員からしたらそれはおふざけメール並みに信じられない事実だ。
 彼はすぐに秘書官を呼び戻し、本国への連絡を取り付ける。
「もしこれが本当なら、戦争になるぞ」
 そうならないことを願いつつ、しかしそうなる以外に彼ら契約者に生存の道筋はないと知りつつ、彼は本国に連絡する。
 
 一晩様々ななことを検討し、体力的にも精神的にも疲弊していた日本代表議員は、次の日は議会が昼食休憩になるまで口を閉ざしたままだった。それは自分が本国に命令された件を口に出すことで、戦況が大きく変わってしまうことを理解していたからだ。
 今は確かにレーベンスラウムの優勢は揺るがない。しかしそれ故に多くの人間が殺されずに済んでいる。
 久瀬居一人は契約者に対し宣戦布告をしたものの、北アメリカ大陸を含めた占領地で虐殺行為はいまだ行われていない。むしろ、国土を統治するよう積極的に契約者達の支持を得た政策をしているとの情報すらある。
 その点が国連内に危機感を与えていない要因のひとつとも言える。
 結局レーベンスラウムに占領された土地はレーベンスラウムの国土として、民は国民として迎えられている。占領前との違いは自国の軍を持てないのと統治者の顔が挿げ代わったくらい。前者については、旧兵器を圧倒的に上回るルースタングによる国土警備によって国民の支持を厚くしている。
 つまり、国連は何をすべきか完璧に見失ってしまっているのだ。
 レーベンスラウムが久瀬居一人の宣戦布告通り契約者を虐殺しているのならば大義名分も立つ。しかし現実はその逆だ。レーベンスラウムは契約不可者達を養護し、更に契約者達の支持も得ている。
 それらの両立を今の国連ができるだろうか?
 これは日本代表議員が考えるまでもなく明らかだ。答えは否。自国の国際的な影響力しか眼中にない有象無象よりも、一般的な民からすればレーベンスラウムの方が理にかなっている。確実に、レーベンスラウムは民を重んじる国だからだ。
 そんな状況で、自分はどうすればいいのだろうか?
 代表議員は考えさせられる。彼が得た情報を公開すれば、確実に戦争になる。
 それは回避できないだろう。
 しかしそうしなければいつか久瀬居一人により、いつか契約者は皆殺しに遭うかもしれない。代表議員には契約不可者であった久瀬居一人の苦難を多少なりとも理解することができている。そしてもし自分が彼の立場にいれば契約者を皆殺しにするであろうことも、容易く想像できてしまう。
 契約不可者でない代表議員ですら、ここ十年間だけで契約者達の汚い部分を多く見てきたのだ。政財界だけでなく、一般的なレベルで契約者の行いは醜くてどうしようもない。
 ならば、滅ぼされるべきではないのか?
 何度も感じた疑問がまた議員の頭に浮かぶ。
 そんな議員の思考を読んだのか、いつの間にか近くまで来ていた秘書官が彼に呟く。
「誰の所為で彼女は死んでしまったんですか?」
「っ!?」
 接近に気付かなかったのもそうだが、それよりも秘書官が口にした台詞が議員にとっては衝撃的だった。
「……知っているのか?」
 そう訊ねる議員に秘書官は何食わぬ顔で返答する。
「いえ、私は何も知りません。ですが、もし福津議員が躊躇うようであればこう言うようにと仰せつかりました」
 福津真実はそこで全てを理解した。
 彼がその若さで国連議員という大役を任されたのも、メールの件を公表する役を任されたのも、全て政府が福津真実という人間とその性質を理解していたからだと。
 彼が政府の手の上で転がらせてもらっていただけなのだと言うことも。
「……他には、何か言うように命じられたか?」
 福津の人間性を理解しているものが指示を出しているのであれば、おそらくもう一言二言は用意されているだろうな、と感じ、福津は秘書官に尋ねる。
「ええ、確か……『仲西姫美の仇を取れるのはお前だけだ』と言うようにも仰せつかっております」
 ここ十年ほど聞いていない懐かしくも哀しい響きの名前を聞いて、福津真実は政財界に進出した理由を思い出す。そして、それと同時にこの茶番の仕掛け人にも見当がついた。
 しかしおそらくその名を出してもこの秘書官は動じたりはしないだろうな、と福津は考えるが、駄目元で口にしてみることにした。
「分った。良き結果を報告すると杉谷大臣に伝えてくれ」
「かしこまりました」
 意外にも、秘書官は福津の推測を肯定する発言をして、遠ざかっていった。
 
 杉谷博政大臣。その名前と功績は日本では当然の知識とも言えるくらい偉大な人間として崇められている。魔界への『門』が開門したあと、積極的に魔族との契約システムの導入へと尽力した彼の父親もそうだが、魔法技術を根本とした社会構造を軌道に乗せたのは彼の働きだ。その結果として日本は米国や英国に劣らない魔法国家となり、経済や生活水準が向上した。
 勿論その影で契約不可者達が虐げられることとなったのだが、全体的に見ると日本は世界に誇れる良い国となった。
 そして、それから何度とあった選挙でも杉谷大臣の政党は勝利を重ね、日本国民の信頼を築き上げた。
 もうそれはちょっとした不祥事では揺るがないほど盤石なくらいに。
 福津がそんな偉大な人物と出会ったのは、彼の通う大学で杉谷大臣の講演会があった時だ。
 杉谷大臣は講演会での演説後、面会を希望した福津に対し悪い顔ひとつせずに接し、福津の心の奥底にある闇を見抜いた。
 おそらく杉谷大臣の功績の数々は一重に人を見る目から得られた副産物的なものだろうと、今の福津なら理解できる。
 しかし、今から五年以上も前の若き福津にはそれが理解できていなかった。
 杉谷大臣は福津を一目見て、自分の手駒として使えると確信していたのだということを。
 その結果として、大学を卒業してすぐに福津は杉谷大臣の秘書として多くのことをやらされた。
 時には公に賞賛される事業を成功させ、時には自分の社会的地位を壊滅的なまでに破壊してしまいかねない悪行をさせられた。
 当然の如く、福津は自分の正義に反した行いは拒否した。
 自分はそんなことをする為に貴方の元にいるわけではない、と。
 しかし、その結果は無残なものだった。
 久瀬居一人のこと、仲西姫美のこと、仲西姫美の死後に福津がした行い。それら全ては社会的に福津が非難されるべきことではない。仲西姫美を襲った連中を陥れたことだって、彼は法に反していないし、むしろ法に沿って彼らを制裁したと言えよう。
 けれど福津自身の解釈は違った。
 彼は幼なじみふたりに何もしてやることができなかった。幼い頃から自分の正義を信じ、そう行動するように心がけていたのに、福津は彼らに対してのみは例外的に振る舞ってしまった。自分にとって最も大事だと言えたふたりに対してだけ、正義を貫けなかった。自分を曲げてしまった。
 それを杉谷大臣は見抜き、ことあるごとに福津に対して問いてきた。
『お前の正義は身近な人間を犠牲にすることで成り立つしょうもないものなのか?』
 その解答は福津には分らなかった。ただ、杉谷大臣のやっていることは悪行を含めて、大多数の人間を幸せにするものばかりだ。だから、福津は考えることを止め、杉谷大臣の傀儡となることを選んだ。
 大多数の人間が幸せになるなら。そう自分に言い聞かせて、彼は何でもしてきた。
 そんな生活に罪悪感はおろか、なんの感情も感じなくなった頃、久瀬居一人のレーベンスラウム国家元首就任式典があった。
 それを見て、福津はおそらく世界中の誰よりも驚いただろう。
 もう会うことはないと思っていた人物が、永遠に自分の前を歩くことがないと思っていた者が、自分よりも高い地位に就いた。
 それは嬉しさと嫉妬と哀しみと、その他の多くの感情をない交ぜにした、言葉には表わせられない感覚だった。
『お前の親友は仲西姫美を犠牲に、大きな人間となったようだな』
 その時、杉谷大臣が言ったのは『お前はあの件から成長していないのにな』と『仲西姫美は踏み台にされたようだな』とふたつの意図を含んだものだった。
 それを即座に理解できた福津は憤慨した。
 久瀬居一人に、杉谷大臣に、そして自分に対して。
 だから、この時福津は杉谷大臣が思いもよらないことを口走った。
「久瀬居一人を元いた場所に戻してやります」
 これが本心から出た言葉なのかどうかは今の福津にも分らない。けれど、現在の福津はそれを実現できるかもしれない可能性という名のカードを手に入れた。
 戦争をして、久瀬居を貶める手立てを、手に入れてしまった。
 そして、そのカードを切るトリガーを杉谷大臣に引かれた。
 だいぶ前から考えることを止めたはずなのに、何度も久瀬居の動画を見せられた影響からか、それを福津は忘れてしまっていた。
 しかしそれも先程まで。議会の行われている部屋へと向かった福津はもう個人ではなく、たんなる操り人形に戻っていた。
 
 午後の議会が始まると、福津はすぐに挙手をして本題に移る為の議題を提起する。
「……現在レーベンスラウムはユーラシア大陸よりも南アメリカ大陸と日本への侵攻を優先しているとの情報がありましたが、それは本当ですか?」
 肯定の返答とその情報源の確かさが説明される。
「それでは、我が国で試作していた新兵器を南アメリカ大陸各国にお貸し致しましょう。それで多少の時間稼ぎはできるでしょうし」
 福津の発言を聞き、脂ののった伊国の議員が鼻を鳴らす。
「日本はあのルースタングに対抗できる兵器があるとでも言うのかね? 世界最大とも言われた米国軍や英国軍が無残にも敗退しているというのに」
 福津は嘲笑を含んだ代表の声を冷静に聞き流し、先日日本から送られてきたデータをスクリーンに表示させる。
「これは我が国の魔科学研究員達が以前から開発していたパワードスーツ『シュヴァルツ』と申します」
 スクリーンに表示されたパワードスーツのブループリントに各国の代表が驚く。
「こ、これはルースタングか?」
 先程福津を嘲笑した代表が話を聞いていなかったのか、馬鹿な質問をする。
「いえ、これはルースタングの理論を元に我々が独自開発した、契約者用パワードスーツ『シュヴァルツ』です」
 特に強調された『契約者用』という部分に各国の代表が食い付く。
「細かな性能に関しましては今手元のモニターに表示されますが、簡単に言ってしまうと今回の北アメリカ大陸制圧に使用されたルースタングの約二倍以上の出力、搭乗者の魔法エネルギー耐性が低い場合でも魔族が扱うルースタングと同等の力が発揮できます」
 僅かな歓声。
 ここまでは福津の計画通りの進行だが、彼も感じていたひとつの懸念事項に関して露国の代表が指摘を入れる。
「開発主任が契約不可者である牧ヶ野郁江、とありますが。彼は信用できるのですか?」
 これに関しては福津も心配を感じていた。実際に資料が届いた時には彼も驚いたし、すぐに担当者へ問い合わせもした。
 レーベンスラウムは契約不可者が契約不可者の為に戦っているのだ。つまり牧ヶ野という人物は同胞を擁する者達が死ぬ兵器を作ってしまった。勿論、それを彼が最初から意図していたかは分らない。けれど結果的にそうなることくらいは博士号がなくても分ることだ。
 それに対して彼はどう思っているのだろうか。自ら開発した兵器で自分の退路を、逃げ場所を断つなんて。
 福津には理解できなかった。また、理解する気もなかった。しかし問い合わせに応じた玉懸萌花という彼の助手は大丈夫だと言っていた。哀しそうに、まるで彼女が契約不可者であるかのように、哀しみを含んだ声でただ一言「大丈夫」と。
 いつもは冷酷とも言われる福津だが、何故かこの時だけは玉懸という人物を信用する気になった。故に、この議会を納得させられる回答も用意してある。
「実は、開発主任とは名前だけでして、基礎の部分から全ての理論を構築し、開発したの副主任の玉懸という人物です」
 当然のことながら議会内に疑問符が浮き上がる。しかし、魔科学の著名な研究者に明るい人物が、玉懸の名前に反応する。
「玉懸とは、あの魔粒子の発見者か?」
 福津は肯定する。それと同時に、会場に驚きと安心の歓声が漏れる。しかし、それが更に一部の人間に疑問符を浮き上がらせる。
「それなら何故、契約不可者である彼を開発主任に添えているのかね?」
 伊国の代表が率先して皆が感じている疑問を尋ねる。
「それは簡単なことです」
 福津はそう一度区切って、各国の代表に多少考える間を与えてから再開する。
「我々は契約者を根絶やしにしようとする野蛮人とは違い、戦後のことも考えなくてはなりません。それにはレーベンスラウムに対抗する決戦兵器を作ったのが契約者であれば我々は大量虐殺の謗りを受けなくてはなりません。しかしその兵器を開発したのが契約不可者であればどうでしょう?」
「そうなればレーベンスラウムに戦争の全責任を負わせることができますな」
「そうです。更に、現状では民が脅えています。復興や奉仕活動をしてくれていたレーベンスラウムが何故? とね。しかし、今回救済対象となっている契約不可者自らが我々に対抗する手段を与えたとなれば、レーベンスラウムの大義名分は消え去ります。契約不可者達は救済を望んでいない。そう民に伝えることができるのです」
 そう福津が言い切ると各国の代表から賞賛の拍手が送られる。それを聞きながら、自身を含めた各国の代表に嫌悪感を抱きつつ、福津は笑顔で対応する。
「それでは、我が国からは資材を提供致しましょう」
「我が国は量産体制に入れるように準備を致します」
 福津の狙い通り、主導権を狙う国々から日本のシュヴァルツ開発に向けた助力が申し出される。
 これによりシュヴァルツを開発した日本の地位はある程度、盤石になることが確約され、他の各国は日本に次ぐ二番手争いをしなくてはならなくなった。二番手は全力を注いでまで狙われるものでもない。故に、おそらくこれから国連は多少の連帯感をもって行動ができるようになるだろう。そんな結果に落ち着いたことに多少安堵して、福津はせせこましく二番手を競う残りの議会を眺める。
 久瀬居や牧ヶ野という契約不可者が何故、どうして、どうやって、と多くの疑問はいまだ解消されないまま。


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