
駄文集
余人(よにん)の会合とその意味
目前に広がる風景は、さしたる異常もなく、一般的で普遍的なものであった。平常時であればオフィスと呼ばれるその部屋は、現状でもそう呼べる、特筆すべきものはなく、デスクと書類棚で造り上げられたインテリアで、通常のデスクワークを行うにあたって支障のない空間だった。
もちろん、社員と思われるような人物はただ一人としておらず、そのような一室におよそ残業中とは思えない私服姿の人影が三つ。一人はいかにもビジネスマンであるかのような髪型に眼鏡で、私服がこれ以上に似合わないストリート系ファッションに身を包んだ男。もう一人は逆に室内の調度品とは対照的に今時の服飾を着込み、それに合わせたメイクと髪の色をしたギャル系の女性。そして、どのような町のどのような場所にいても違和感を与えないような私。
端的に言ってしまえば住む世界が異なる人間がここに居た。理由はなんだと聞かれても、誰も答えられない。実際に私が入室した頃にもう既にその議論は先に居た二人にて繰り広げられていた。答えはというと、出ていない。結論から言うと、私を含めて三人とも、ここに居る理由がない。ギャルはもちろん会社勤めをする年齢ではないし、ビジネスマンにしてもここは彼の会社ではない。私に至ってもここが私の会社であるはずはない。
では、どうしてこの三種三様な人種がここに集ったか。謎としか言えない。
「あたしは、ダチから連絡きてぇ、ここに居るからって、言われたんですけど。あんた達は、なんでいるんですかぁ?てか、トモミはどこにいんの?マジ、あんたらトモミにヒドイことしてたらキレっかんね」
ギャルはもう既にキレているかのように言葉を紡ぐ。どうやら彼女は私たちが友人をどうにかしていると思っているようだ。
「トモミって誰だよ。分けわかんねえよ。取引先からストリート系ファッションでここまで来いって言われたのに。なにこの状況?」
ビジネスマンは頭を抱えている。しかし、取引先からファッションまで指定されて呼び出されるって、どんな業界なんだろう。しかし、このままだとなにも進展しそうにない。
「とりあえず、皆さん落ち着いて、私達を呼び出した人達に連絡してみませんか?」
私の提案にとりあえず納得してもらえたようで、二人とも携帯電話を取りだして、リダイアルし始める。数秒間の会話の後、彼らはビルを間違えていたらしく、ただたんにこのオフィスの電気が点いていたからここだと勘違いしたと自分達の行いを説明し、、会話もそこそこに、私一人を残して部屋から出て行った。そのような間違いが起こりえるのだろうか、という疑問を持ちつつ、私はオフィスの扉をくぐり、彼らとは違う意味でこの部屋を後にした。ビルの正面玄関の鍵をかけ忘れてしまったことと、彼女の携帯電話を取り上げなかったことを悔やみながら。
そして、数日と経たないうちにこのオフィスは脚光を浴びることとなる。理由はあの日、私達が居た日時に奥の一室で殺害された女性が居たらしい。これも奇遇にして偶然と言え、殺害された女性の名前はあの日ギャルが口にしていたのと同じく『トモミ』だそうだ。
警察はもちろん、私以外まだ誰も私達四人の会合の意味に気付いてはいない。