駄文集


経済選挙《プロローグ》

プロローグ

 
 窓もなく明かりもほとんどない大部屋で、数十人の人間が議論を交している。
 その多くの意見に対する答えはもう既に出ており、円形に何列も設置された席の一つに座る男は思う。『この会議がどう転ぼうと、経済界は変わらない』と。
 彼等は今、競争が激しい経済界を一致団結させる名目で議論を交している。
 しかしそれは所詮、仮初め。
 経済界を団結させるべく、当初の議題通り学園を設立させたとしても、そこで起こりうる現象は男の眼から見て明らかだった。
 生徒会という名の投票が実施され、その投票結果が実社会に出た時の地位を決めることとなるだろう。そして、その結果が全てというのであれば、自身の子らを援助するという名目でその選挙には影ができる。
 表向きはルールを設立し、スポーツマンシップに乗っ取った清々堂々の争いをしていると豪語し、裏では何でもありの無秩序が支配する。
 それでは今とどう違うのだろうか?
 今だって、国によって違いはあるが、法律というルールに則りここにいる者達は巨万の富を得ている。勿論、それも表向きは、だ。
 裏では今まで、本当に何でも行われてきていた。
 暗殺・裏切り・スパイ行為。これらはまだマシな方だ。何故なら、これらはばれれば法律で罰することができる。
 真に悪と言えるのは、その法律を金に物を言わせて変えてしまうことだ。
 自身が都合の良いように、そして、自分の利益になるように。
 経営者、つまりは商人と呼ばれる人間であれば、一概にそれを悪だとは言えない。しかし、最近の裏取引は眼に余る。
 だからそれを理由に、政治家達は法を改正したのだ。
 経済界が咄嗟にはできない、一致団結をいち早くして。
 故に経済界は現在窮地に立たされている。
 子息が高校を卒業すると共に、企業や財閥の当主へ退職を強制する、経済界に仇成す法律。その施行が去年末に世界各国でされてしまったのだ。
 それはつまり、経済界の実質的な政治介入を封じる手立てだ。
 退職してしまえば、トップにいた人間はもう収入を得られない。そして、勿論経営権もない人間は、企業方針に口を出すことはおろか、政治家への献金を助言することもできない。法律でそれが禁止されているのだ。
 それに新しく経営者になる若者も、自身の老後を考えて貯蓄をしなくてはならない。なまじ幼い頃から豪勢な生活水準が保たれているので、老後にその水準を下げるようなことはしたくない。そして、経済はいつ傾くか分からない海上の船だ。その天候は予想できないし、転覆してしまうかも直前にならないと分からない。
 つまりこの法案は、端的に言ってしまえば『お金は多ければ多いほど良いですよね? ならトップの人は老後の為に積立貯金をして下さい』と言うものだ。
 この状態で献金ができるほど自己犠牲心に溢れた者など、経済界ではやっていけない。そんな正義心を持った者は、この世界で真っ先に喰われてしまうからだ。
 喰われて、骨の髄までしゃぶられてから、吐き出される。最後の自分の身一つ残っていれば、それはまだマシな方。それがこの経済界だ。
 だから、男は思う。
『俺の子は、幸せには成れないな』と。
 そう理解しているのにも関わらず、彼は議論の最後に採られる決で『賛成』を選択する。
 まだ見ぬ自身の子供が、彼の考えを否定することになると想像も出来ずに。


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