駄文集


経済選挙《6》

 
 一晩開けて、次の放課後。土曜日と言うこともあり、今日は半日でついて行けない授業に『サラダ・バー』と別れを告げます。
 そして平日より人が若干少ない食堂で、また三人と一体で昼食を食べ終えたあと、わたしは昨日の事と顛末をほのかさんに説明します。
「……というわけで、ほのかさんもわたしの傘下においでませ~」
「おいでました~」
「……お主、そんな簡単に承諾してしまって良いのか?」
「しっ! 葉月ちゃん! もうちょっとで騙せるんだから黙っててっ!」
「あたし騙されてるっ!?」
「ああっ! 葉月ちゃんの所為で引き込めなかったじゃんっ!」
「妾の所為なのかっ!?」
 本当に申し訳そうにし始める葉月ちゃん。可愛いですぅ。
 しかしこれも必要な契約です。
 わたしはそうと気付かれないように契約書を差し出す。
「あっ、ほのかさん。ちょっとこことここにサインと捺印お願いです」
「わかった~」
「普通に傘下契約しておるじゃろっ?」
「はっ! あたしは今なにをっ!?」
「ああっ! また葉月ちゃんの所為でっ!」
「わ、妾が悪いのかっ!?」
「カンナ。ソレ無限るーぷノ予感」
 有紀さんの的確な突っ込みにより、無限ループへの入り口は閉ざされ、わたしとほのかさんは、今度こそきちんと契約します。
「冗談はさておいて……本当に大丈夫ですか?」
「傘下に加わる事なら無問題っ! 確かに昨日の一件でうちの予備資金は危ういけど、かんちゃんのお兄さんが守ってくれるって聞いていたから親父も承諾したんだし。それに元から子会社作るのは計画に上がってたから、岐阜さん達の資金援助でそれが達成できたのは感謝してるって親父も言ってたよっ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
 わたしはぺこりと頭を下げる。
「いやいや、こっちはかなりの恩恵もらってるからお礼はいいよっ! 子会社作るよりもう既にある会社を子会社にした方が収益の確実性は上がるし、しかもそれが複数も一気にできたんだから、お礼を言いたいのはこっちだよ。ありがとうっ!」
「そこは逆に、普通なら一気に子会社が増えて戸惑うんじゃが……まあ、お主の父君ならどうにかしてくれるじゃろうて」
「斉藤さんも葉月ちゃんもほのかさんのお父様を持ち上げてますけど、そこまで凄い方なのですか?」
 ほのかさんには失礼と思うが、率直に訊ねる。
「うちの親父はかんちゃんのお父さんには負けるけど、凄いよー」
 ほのかさんが自信満々で応える。しかし具体性がないので、どう凄いか分かりません。
「まあ、五十代にもなっていない者が一代でこの学校の規定年商を築き上げるのは相当なもんじゃな……特に、あの企業名でそこまでの経営など普通はできんじゃろ」
「スタンディング・フラワーのどこが悪いのさっ!? 立花を英訳するとそうなるんだからしょうがないじゃんっ!」
「お主の会社は花屋ではないじゃろうがっ!!」
 あっ、違うんですね。てっきりお花屋さんだと思ってました。
「カンナ。モシカシテ花屋ダト思ッテタ?」
 目敏い。目敏いです、有紀さん。
 ああ、有紀さんがそんな事言うからほのかさんが憤慨を葉月ちゃんにぶつけるのやめて、こっち見ちゃっているじゃないですか。
「かんちゃん?」
「い、いいえ!? そ、そんな事思っていませんし、お花屋さんじゃないからと言ってフラワーという言葉が入っている企業名をおかしいだなんてこれっぽちも思っていませんよっ! ただただ可愛らしいお名前だと感じておりますですっ!」
「良かったぁ。かんちゃんまでおかしいとか思ってたら再起不能なくらいに凹んでたよ」
 わたしも良かったです。ほのかさんが、動揺のあまりわたしの口から出てしまった本音の一部をスルーしてくれて。
「かんな様」
「斉藤さんですか。なにかご用ですか? それともわたしと葉月ちゃんの間を引き裂こうと、葉月ちゃんを連れて帰るつもりですか?」
「いいえ、お嬢様とはもうしばらく一緒にいて頂いて結構です」
 斉藤さんの微笑みと返答に、含みを感じる。
 これはやばいとわたしの危機察知レーダーが警告を鳴らして、更に『わーにんぐ!』と騒ぎ立てています。
「えっと、わたしはこれからちょっと山へ芝刈りに行かないと――」
「お待ち下さい」
 腕を捕まれた事により、わたしの危機感知職員達が脱出ポッドに乗り込む準備を始めています。しかし本体を残して脱出するなんて、義理もへったくれもありません。
 わたしはイマジネーション力を駆使して脱出ポッドを故障させてやりました。死ぬときは皆一緒です。
「ええと、その、あのぉ、お気持ちは大変嬉しいのですが――」
「なにをお考えかは知りませんが、これからお嬢様と岐阜家の部屋で経営・経済学のお勉強をして頂きます」
「そうじゃったのっ! 今日から日曜日以外は毎日指導してやると昨日言ったばかりじゃったのぅ。忘れておったわ、はっはっはっ!」
 永遠に忘れて頂いて問題ありません。きっとそれよりも重要な事はこの世に沢山ある事でしょう。そちらに専念して頂きたいですね、まったくもう!
「ご自分で仰った事ですよ。私共傘下に加わった者の為に経営学に明るくなって、今後は守って下さると」
「かんちゃんっ! そんな決意を! あたし、涙出てきちゃったよぉ~」
 まだ出てません。引っ込めて下さい! わたしは自由を手に入れて海賊王とか色々目指すのです! 勉強なんて、ついて行けない学校のものだけで十分です。勿論、それもおろそかにするつもり満々ですがっ!
「……ほう、学校の方も授業について行けていないようですね」
 ああっ! わたしはなんてことを! 心を読める人の前で汚点をさらけ出してしまいました。……っていうか斉藤さん、なんですかその顔? なんか恍惚としていますけど、明らかにサドいこと考えていますよね?
「そんな事はありません。私はかんな様の為にできる限りを尽くそうと思います」
 できる限り苦しめる気です。宣言されました。私の人生は終わりです。
「なにを言っているのですか、これからですよ」
 これからは地獄の日々。終わりを望む日々の始まりです。
「分かっていらっしゃるのであれば、抵抗しないで下さい」
「!!!!!」
 肯定されました? いま肯定されちゃいましたよね?
「かんちゃんっ!」
 ああ! ほのかさんがわたしに助けの手を……。
「ガンバってっ!」
 差し伸べてくれません。
「ほれ、かんな。行くぞっ!」
 そう言われて両脇を斉藤さんと葉月ちゃんに捕まれ、私は連行されそうになる。しかし、私は視界にもう一人この状況をどうにかしてくれそうな人物(?)と眼(?)が会います。
「カンナ」
 そう、有紀さんならどうにかしてくれます。なにしろわたし達は友人なのですから!
「有紀さん!」
「ぼくモ手伝ウ」
「へ?」
「ぼくモ手伝ウカラ頑張ッテ」
「堀江様が手伝って下されば、表や実例などを使って、より分かり易くお教えする事ができますね!」
「そうじゃな、そうすればより多くの事をより短時間で教えられるの!」
 こうして、私は岐阜家の部屋改め折檻部屋へと連行されたのでした。
 動く気力もない私が渡邊さんに連れて帰ってもらった頃、時計は午後九時を回っていました。わたしは計八時間も、詰め込み教育も真っ青なくらい勉強をさせられていたのです。
 ぶっちゃけ中身は、定着はおろか後半四時間に関してはなにをさせられていたのかすら覚えていません。