駄文集


経済選挙《7》

 
 転校してから七日目の朝。わたしは早朝に叩き起こされて、渡邊さんが運転する車(普通の長さ)に乗せられ、兄と共に何処かへ向かっています。
「……どこへ向かっているんですか?」
「つけば分かる」
 先程からこの調子です。
 元よりわたし達は会話が多くありませんが、ぶっちゃけ今日は特に少ないです。
「て、天気が良いですね!」
「……」
 シカトです。でもこれが今日初めてのシカトではありません。もう、おそらくこの車が道中轢いた路傍の石の数くらいはありました。
「……」
 しかしその横顔を見る限り、不機嫌というわけではなさそうです。誘拐騒ぎの一件から、少しではありますが兄の感情が読めるくらいにはわたしもなりました。と言っても、不機嫌かそうじゃないか程度の微々たる読心術ですが……まあ、今までよりは半歩くらい前進しています。
「もうすぐですよ。かんなお嬢様」
 代わりに渡邊さんが応えてくれました。人との会話に飢えてしまいそうな、今の私には感謝以外の感情が見あたりません。
「ありがとうござ――」
「一々使用人に礼なぞするな」
 まったく、この兄はコミュニケーションの基本が分かっていません。なにか自分がしてもらって嬉しい事には礼をする。これは常識ですよ。
「誰に対しても、なにかをしてもらったら礼をするように育てられましたので」
「三ツ城の人間は違う」
「と言われましても、わたしも最近三ツ城に来た者なので分かりません」
「お前っ――」
「ほっほっほ。文哉様、恐れながらかんな様はそれでも宜しいかと私は思います」
 言い争いになりそうなところで、渡邊さんが割って入る。
「だが、渡邊っ!」
「文哉様も、そんなかんな様の良さをご理解されているから、傘下を作る事をお許しになったのではありませんか?」
「……ちっ」
 高齢な渡邊さんに口では勝てないと早々に見切りを付けたのか、兄は不機嫌そうに口を閉じる。しかしそれはわたしの普通が受け入れられているのだという事になります。
 なにかをしてもらったらお礼。
 なにか悪い事をしてしまったら謝罪。
 なにか困っている人がいたら手を差し伸べる。
 そんなわたしの常識が兄に受け入れられたと思うと、不思議とわたしは少し機嫌が良くなります。
 わたしはここに居て良いんだ。わたしはわたしらしくしていて良いんだ。
 そんな風に兄に肯定されたのが初めての事だったからなのかもしれません。けれどもしかしたら、前の生活でも今の生活でも、わたしは肯定されるべき人間ではないと思ってしまっていたからなのかもしれないです。
 わたしはずっと他者が正しく、周りが正しいのだと考えてきた。
 数日前、兄に対して軽蔑の念を向けていたのだって、それは今まで周りが正しいと言っていた事に背いていたからにすぎません。
 別にわたし個人が持っている主義主張には反していなかった。だってわたしは自分の主義主張など持ち合わせていなかったのですから。
 そんな兄がわたしを肯定してくれている。
 だから、わたしは口を開いて言葉にしなくてはなりません。
「ありがとうございます。兄様」
「……なにに対してだ?」
「分からないのであれば、別に良いです」
「なにに礼を言われているか、礼を言っている本人が分からなくても良いのか」
「問題ありません」
「そうか」
 ふと兄の横顔が微笑んだように見えました。
 
「到着致しました」
 渡邊さんがそう言って、わたしの横にある扉を開く。
「……ここは!」
「尾田光子(おだみつこ)さんの墓がある墓地だ」
 兄がわたしの母の名を口に出す。
「なんで知っているんですか?」
「光子さんの葬式には俺と渡邊も参列しているし、彼女の葬式代を出したのは俺だ。……忘れていたのか?」
 正直忘れていました。けれど、元より渡邊さんや兄には会ったことがある気がしていましたが、それが理由だったんですね。
 そしてわたしが彼の質問に答える前に、兄は勝手に納得してしまう。
「まあ、お前はあのとき泣きじゃくっていたからな。忘れていても当然か」
「泣きじゃくってなんていません」
「いいや、泣きまくっていたな。それはもう生まれたての赤子のように泣いていたぞ」
「そ、そんな恥ずかしい真似は――」
「でも、お前はあのとき最愛の家族を失っていたんだ。それくらいは仕方がないし、お前は涙の数だけ光子さんの死を悔やんだ。それは光子さんにとって、会ったこともない坊主が唱えるお経よりもはっきりと、極楽浄土への道を教えてくれただろう」
 兄の口から極楽浄土とという似合わない言葉が出てくるが、それは不思議と茶化す気はしなかった。
「さあ、光子さんの墓まで行くぞ」
「はい」
 わたしは兄について、母の墓まで歩く。
 渡邊さんは車を見ていなければならないのか、それとも兄妹二人っきりにしたかったのか分からないが、一緒には来なかった。
「ここに来るのはもう二年以上前か」
 そう言って、兄が一つの墓石の前で止まる。その墓には『尾田光子』と掘られている。
 母は尾田家の墓にも三ツ城家の墓にも入ることが許されなかった。その理由は、どちらも汚らわしい関係の果てに子供を産んだ者の遺骨なぞ入れないという、わたしにはよく分からない価値観からそう決まった。
 わたしには不倫をしていようがしていまいが、母は立派にわたしを育て、重要なことを全て教えてくれた尊敬すべき人間です。
 そりゃ、小学生からは入院していたので、家事は全部わたしがしなくてはなりませんでしたが、母が近所の方々と仲良くして下さっていたおかげで、わたしはなにも困りませんでした。
 料理は母の見舞いをする度に教わりましたし、重い物を買いに行くときは大家さんに手伝って頂きました。
 それらは全部母が立派な人間だったからしてもらえたのだと、わたしは感じています。
 わたしは母の偉大さに感謝しない日々はありませんでした。だからお墓の手入れも可能な限り頻繁にしました。
 今年は兄の家に引っ越したこともあり、まだしていませんが。
「手入れされているでしょう?」
「お前がやったのか?」
「もちろんっ! お腹を痛めて産んでくれた母ですから」
「そうか、なら今日も頼むぞ」
「はいっ!」
 わたしはいつも通り、母の手入れをしてあげます。
『お母さん。今日はわたしの兄も一緒なんですよ』
 わたしは手入れをしながら、いつも通り心の中で報告をする。
 冬休みに入るまでのこと。
 冬休みに入ってからのこと。
 新学期になってからのこと。
 全てを報告し終わる頃には、手入れも終わり、私達二人はお線香を前に手を合わせていた。しかし、わたしにはまだ母に言いたいことが一つだけある。
『兄がいること、なんで黙っていたんですか?』
 勿論、返答は得られない。けれど、わたしは元から返答を期待していたわけではない。
 たんに立派な母上様に文句を言いたかっただけなのです。
 だからわたしは得られなかった返答を超個人的解釈して、最後の言葉を贈ります。
『お母さん。ありがとうございます』
 その言葉を心の中で呟くと、わたしはなにか暖かくなっていく気がする。正体不明のなにかが、わたしの心を暖かく包んでいく。
 そんな嬉しい気のせいがしました。
「さて、と。お前の出した最後の条件をここで履行させてもらうとするか」
 兄が立ち上がりながらそう言うので、わたしは納得する。
「だからここまで連れてきてくれたんですね」
「まあな。それにお前も最低月一でここに来ていたんだろう? 先月は来ていても、今月はまだだったはずだ」
 わたしが手入れしたか訊いたくせに、実は知っていただなんて。
 つくづくこの兄は駄目兄です。
「確か、光子さんのことについて話せ、だったな」
「ええ、わたしが知らない範囲でお願いします」
 わたしがそう言うと、兄は悩むように少し黙る。
 その沈黙は記憶の整理と言うよりは、想いの整理をしているように思えた。
 そしてしばらくしてから再度口を開く。
「最初はな、俺は母様のプライドを傷つけたやつがどんな人間か確かめようとして、会いに行ったんだ」
「プライド、ですか」
「ああ、そうだ。その時の俺は親の愛情を求めることが生き甲斐にしているようなガキでな。母様が俺に優しくしてくれないのは光子さんの所為だと思っていたんだ。光子さんが母様のプライドを傷つけたから、誰にも優しくできないんだってな。……責任転嫁ばかりするガキの考えそうなことだろ?」
 兄の質問にどう答えて良いのか分からず、わたしは閉口したままでいる。
「まあ、だからかな。最初に会ったとき光子さんも驚いていたよ。……はは、当たり前か。突然『お前の所為で母様が傷付いたんだっ!』なんて小さい子供に襲いかかられたんだもんな」
 そりゃそうですけど……多分、母のことですから気付いていたと思えます。
「それで、俺は叱られたよ。『人にいきなり飛びついてはいけません』ってな。……そして、そのあと謝られた。『ごめんなさい。わたしの所為でお母様が変わってしまって』とな。でも、俺は変わる前の母様なんて知らないんだ。俺が物心着いた頃には今と同じ、他者を見下す眼しかしていない母様なんだ」
「それからなにがあったんですか? 何度か母に会いに言っていたと聞いていますが」
 わたしは兄の母について聞きたくないと感じ、咄嗟に先を促してしまう。
 兄は確かに一般的に見たら恵まれた環境で生まれ育ちましたけど、それは決して幸せな生活だったわけではないのです。
 葉月ちゃんの話からある程度想像していましたが、正直甘く見ていました。
 わたしは、きっと仕事で忙しい両親にあまり会えていない程度だと勝手に思っていたのです。ですが、兄の話はそれなんかよりずっと過酷です。
 母に愛され、愛情を一身に注がれて育ったわたしなどではその心中を察することすらできません。だってわたしが愛されていた産みの親に、兄は蔑まれて育ったのですから。
「ああ、それからは別段特別なことをしてもらったわけじゃないんだ。……ただ、普通の親子がするように接してもらっただけだ」
 無意識に言われた『普通の親子』という言葉が心に刺さる。彼はわたしが普通だと感じていたことを求めて、母に会いに行っていたのです。
 しかしそれが分かっても、わたしは口に出さないでおく。そんなことを言って兄を傷つけたくないから。彼が普通を得ていない人間だと気付かせたくないから。
 本人が目を背けているだけだとしても、わたしがどうこうする話しではないのです。
 これは兄と、彼の母親との問題です。いつかは解決しなくてはいけなくても、今くらいはそっとしておいても良いのではないのでしょうか。
 普通の親子として存在できた、わたしの母の墓前くらいでは。
「そして、最後に会ったときにな……お前のことを頼まれたんだ」
「わたしのことですか?」
「ああ、お前は三ツ城財閥の人間としては生きていけないだろうから、独り立ちできるまで面倒を見てやってくれ、とな」
「でも、わたしいま三ツ城の家にいて、三ツ城として生きてますけど?」
 わたしが当然とも言える疑問を口にすると、兄は少し言い辛そうに告白する。
「……それは、お前が親族のやつらに狙われ始めたからだ。元々、光子さんはお前を路頭に迷わせる為に入院させられたんだ。けど、お前の母親は多額の生命保険に入っていた……いや、父様に加入させられていたんだな。とにかくだから、お前は路頭に迷うことがなかったし、光子さんが死んでも遺産が入った」
「ええ、わたしも弁護士さんに言われたときには驚きましたけど、そうみたいですね」
「それに、親族のやつらがいないだろうと期待していた。お前の後見人もいつの間にか、問題なく決まった」
 それもいつの間にか父が手配をしていたらしく、わたしは今まで通り一人暮らしをすることができていたのだ。
「父様は、基本的に自分の子供に対してなにかをする方ではない」
「まあ、そんな感じはしてましたけど……わたし産まれてからずっと放置されてましたし」
「と言っても、俺らを完全に見限っているわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、父様は俺らが生きる残る為に必要最低限の環境は提供してくれる。……お前の後見人然り、俺の最初の企業然りだ」
「でも、命の保証まではしない、ですか?」
「勿論それも経済界での争い、それも俺達個人が一人の経済人として狙われている時だけだ。もし俺達が父様の都合で狙われていたら、父様が対処する」
 筋は通っていますね。とても人間の親とは思えない考え方ですが。
「実際にそのような場面はあったのですか?」
「ああ、俺が幼少期から命を狙われていたのは知っているだろう」
「ええ、葉月ちゃんから聞いてます」
「その時、俺を狙っている企業の一つが、俺が対処する前に潰された」
 兄は暗殺首謀者達を吸収していたはずです。それなのに潰されたのであれば、かなりの確率で父の仕業と言えるでしょう。
「それに、その会社は俺の暗殺後にライバル財閥への加入が決まっていた」
 そこまで来ると明白ですね。『三ツ城財閥の跡取り息子を殺したらうちの財閥へ入って良いよ~』という取り決めがあったであろうことは想像力に乏しくても思い付きます。
「つまり一人で普通に暮らせる環境にいたわたしは、父様にとって保護対象に該当しないと考えるだろうと思い、兄様はわたしを呼び寄せた」
「そういうことだ」
「でも、わたしが言うのもなんですが……母様との約束を果たす義理は兄様にはないのでは?」
「俺は光子さんに恩義を感じている。であれば最後の頼みくらい聞き届けるのは当然だろ」
「いや、そもそも兄様がそんな状態に陥ったのって、母様が原因でしょうに」
「っ!? いや、でも光子さんの御蔭で……」
 その反応からすると、気付いていませんでしたね。
 どうやら兄は感情的になると馬鹿になるようです。これは良いことを知りました。
「はぁ……母様も自分が原因で兄様のお母様が変わってしまったと仰ったのでしょう? それに、あの母様のことです。きっと兄様に申し訳なくて普通に接していたわけじゃないですよ」
「ち、違うのか?」
「違いますよ。あの人は誰にでも普通に接します。それが王侯貴族であろうが、神様であろうが、普通に接する人です。だから、もし兄様が普通に接してもらったことに恩義を感じているのであれば、それは見当違いも甚だしいです。ぶっちゃけ騙されたとしか言いようがありません」
「……俺が、騙された?」
「勿論、誤解がないように言っておきますけど、別に母様は兄様を騙すつもりがあったわけじゃないですよ。ただたんに、わたしのことが頼めるのは兄様しかいなかったから頼んだだけですし、もしそこに父様がいれば父様に頼んでいたでしょう」
「……」
 唖然としています。滑稽なほど唖然としています。
 それは確かに仕方がないと言えば仕方がないのですが、馬鹿の一言に尽きますね。
 自分が今まで普通の子供として接してもらったことがないから母を特別な人間だと思い込み、そして自分を信じたから妹の未来を託されたと思ってしまっていた。
 状況的には仕方がないのですが、元々情報を調べてから行動するのが当たり前であるはずの兄が、母の情報に関しては完璧に調べ忘れてしまっていたというのはやはり自業自得でしょう。
 わたしが思うに、父も母のそんなところに惹かれていそうな気がしますしね。まあ親子揃って馬鹿なのでしょう。
「……確かに光子さんとの約束はもう関係ないな。俺はもう、お前を守る契約をしているのだからな」
「正確には今夜皆さんを呼んで、というはずですけど?」
「ふん。無粋なことを言うな」
「状況に酔うのもどうかと思いますよ。特に兄様はそれで既に失敗しているのですから」
「お前も言うようになったな」
「ええ、兄を見て学ばせて頂きました」
 そんな風に生意気なことを言うわたしの髪を、兄は優しく撫でる。
 こんな兄妹もありなのかもしれませんね。わたしはそう思いながら、兄に髪を撫でられながら訊ねる。
「兄様って、シスコンになる気はありますか?」
 そんなわたしの冗談みたいな問いに、兄は眼を細めながら、誰かに報告するように呟く。
「もうなっているよ」
 
 その後の夜は、立花さん達の正式なわたしの傘下へと加入する契約の儀が行われた。
 組織図的には頂点にわたし。その下にほのかさんと葉月ちゃん。そして葉月ちゃんの下に斉藤さんです。人間関係的にはまた違いますが、それは状況に応じて変化してしまうので図式にするのも難しいでしょう。
 ちなみに、斉藤さんが今後葉月ちゃんを裏切らないという契約もこの時しました。
 その傘下契約の後、わたしと兄の条件に関する契約の儀が行われ、その後ちょっとした祝賀会のようなものが催された。
 きちんとした儀の後と言うこともあり、わたしも含めて全員が正装だったが、態度や言動だけを見ればそれは学生そのものだった。
「今夜はブレイコウダーッ!」
「だー!」
 意気投合する立花さんと萌さんの元気ペア。
「葉月ちゃん、これ食べな?」
「葉月、コレモ」
「うっ。……も、もう無理じゃ」
 葉月ちゃんを餌付けしようとしているのか、それとも胃袋の限界要領を実験しているのか分からない本多さんと有紀さんの実験ペア。
「月出様は三ツ城様のことが好きなんですよね?」
「そう言う斉藤様は岐阜様がお好きなペドフィリアですよね?」
 仲が良いのか喧嘩しているのかその表情からは汲み取れない月出さんと斉藤さんの仮面ペア。
 皆が皆、この広い三ツ城のダイニングルームで夕食を食べている。
 そして、ふとテーブルの反対側(体感約一メートル)でわたしと同じように皆を見ていた兄が『これも良いものだな』と言うように口を動かして、微笑む。
 それに対してわたしは言葉ではなく態度で示す為、立ち上がり、皆さんの注目を集めます。
 同時に「なんじゃなんじゃ?」「かんちゃん、どしたの?」などという声が聞こえる。
「皆さん、少しお静かに! わたしが今から世にも奇妙なものを聞かせてあげますうっ!」
 そう言って、わたしはポケットから携帯電話を取りだして、昨日渡邊さんに教えてもらった録音データの再生方法を華麗に行う。
『兄様って、シスコンになる気はありますか?』
『もうなっているよ』
 皆さん唖然としています。
 ……念のためもう一度再生しておきましょう。
『兄様って、シスコンになる気はありますか?』
『もうなっているよ』
 その再生が終わると同時に、歓声が上がる。
「えぇぇぇぇぇぇ! ねぇ、今のマジ? マジっ!?」
「文哉、身内で許されるのは四親等からだぞ」
「そうじゃぞっ! じゃから法的に許されるのは妾からじゃっ!」
「お嬢様、本音が口から出ておりますよ」
「いや、出しているんでしょ。っていうかみんなもう知ってるし」
「オ姉チャン、ソレナニゲニヒドイヨ」
「文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が文哉様が……」
 一人かなり病んでいらっしゃいますが、この中にお医者さんはいらっしゃいませんか?
「かんな」
「はい、なんでしょうシスコン兄様?」
「きっさまっ! やっぱり契約は解消だっ! 貴様は今ここで暗殺してやるっ!」
 いや、それ暗殺じゃないです。どちらかというと公開処刑です。
 勿論、兄はもう既に公開処刑を受けているので、あえて口にはしませんが。
「そこを動くな! 今そっちに行ってやるっ!」
「文哉様。確保致しました」
「でかしたぞ、みい子っ!」
 はっ!? わたしいつの間にか羽交い締めにさせられています!
「へ、へるぷみー!」
「……明日からは英語の勉強も強化しなくてはなりませんね」
 地雷っ!?
「おやおや、楽しそうですね」
「わ、渡邊さんっ! 今ここで殺害予告されてしまいました、助けてくださいっ!」
 わたしはデザートを持ってきた渡邊さんに即座に助けを乞います。
「お相手は?」
 渡邊さん、そんなお見合い相手みたいに訊ねないで下さいよ。
「に、兄様です」
「……それでは、お楽しみ下さい」
「あぁぁぁぁ!!!! 渡邊さーん! かーむばぁーっく!」
 渡邊さんが微笑みながら去っていき、扉が閉じる。
「明日は英語のみに集中するくらいがベストでしょうか」
 ……斉藤さん。このままではわたしに明日は来ません。
「覚悟しろっ!」
「い・や・ですっ!」
 こうやって賑やかな夜は更けていきました。
 幸い、わたしは殺されることはなく、兄に全力で一回だけ、クッションで殴られるのみで済みました。しかしそれが良かったのか悪かったのか、兄は更に周囲に「シスコン! シスコン!」と一気飲みを強制させられているようなかけ声を浴びせられていました。
 皆さんも、妹がいる方は今日から優しくしてあげて下さい。
「俺はシスコンじゃないっ!」
「まあ、わたしは甘やかしてくれるなら何コンでも大丈夫ですよ?」
おわり