
駄文集
普通○不通△フツウ×(仮)《序02》
玄関の呼び鈴が鳴った気がした。
昨日は結局絵澄ちゃんの相手をしていたら夜遅くなってしまって、且つ1日で溜りに溜った疲れもあって爆睡してしまった。なので、本当に呼び鈴が鳴ったかどうかは分からない。もしかしたら夢の中での話なのかも知れない。
それに、今日から全国的にゴールデンウィークだ。そんな休日に僕を尋ねてくる者などいるはずもない、とネガティブなのか現実的なのかよく分からない思考を覚醒していない頭でしていると、ベッドで僕ではない違う何かが動いている感覚がある。
とりあえず確認のため、重い瞼を持ち上げる。
「!!!??」
悲鳴を上げたのか分からないくらいに目を覚ましてくれる光景がそこにはあった。
「……ちっ」
絵澄ちゃんがショットガンライフルを僕の頭に向けて仁王立ちしている。
「……い、一応き、訊くけど、ええ、絵澄ちゃんは何をしし、しようとしているのかな?」
覚めた目と、決して良い意味ではなく高鳴っている鼓動が僕の口を無駄に回している。
「いえ、お兄さんを起こしに」
いや、起こすのにショットガンは絶対に必要ない! 確実に僕を永遠に眠らせる気だっただろ! 仮にショットガンを人を起こす際に必要だったとしても、それは確実にそいつに向けるものではなく、空に向けて撃って、その音で起こすのが可能性としてまだあり得る方だ。
「そ、そそそっか。ところで、絵澄ちゃん。昨日から訊こうと思っていたんだけれど、え、絵澄ちゃんは僕のことが嫌いなのかな?」
もし嫌われているのならもうここに置いておくのは無理だ。誰かに頼んで引き取ってもらうしかない。
僕だって、まだ死ぬ気はないからな。
しかし、そんなことを訊かれた絵澄ちゃんはきょとんとしている。もちろん、ショットガンは未だ僕の頭(脳のある位置)に固定されたままだけど。
「何を言っている? ワタシはお兄さんのことを好意的に思っている(?)よ」
(?)が怖いのは僕だけだろうか。
って言うか、好意的に思ってくれているならさっさとショットガンをどけて欲しいな。
しかしそんなこと、今の僕には怖くて言えないので、起きようとして頭を動かす。
ゴン。
いや、だから起きようとしているのは見れば分かるだろ! ショットガンどけろ!
「ああ、そう言えば、玄関に誰かいるようだよ? インターフォンに出て軟禁されている旨を伝えておいたからまだいるか分からないけど」
そこからの僕の行動は早かった。
今までにないスピードで飛び起きて(僕を跨ぐように立っていた絵澄ちゃんが怪我をしないように考慮しながら)、神速で着替え、落下するような速度で階段を降り、扉が壊れるかも知れないような強さで玄関を開けた。
絵澄ちゃんの話を聞いてから、ここまで掛かった時間は一分半前後。世界新を狙えるかも知れない。
しかし、もうダメだと思っている暇もなかったが、息を調えながら玄関の前にたたずむ人影を見た時は少し安堵した。
「えっと、雑学君? どうしたの、そんなに慌てて」
この落ち着いた声は、祇園寺さん?
そう気付いて、僕は絵澄ちゃんにまたもや騙されたことに気付き、苛立つ。
「…あのガキ、いつかコロス」
「えっ? 何か言ったの雑学君?」
小声とはいえ、約三年ぶりに殺意のある言葉を放ってしまった。
これは僕には珍しいことだ。
「いえいえ、何でもありませんよ? それより祇園寺さんは何故ここに?」
今日からゴールデンウィーク。つまり、彼女や飾璃達は旅行に行くはずだ。ここに来る理由はない。
「何でって、雑学君を迎えに来たのよ。集合時間、飾璃ちゃんから聞いてないんでしょう?」
「シュウゴウジカン?」
そう、集合時間。と彼女は言って、玄関をくぐって多少大きな鞄を置く。
おそらく、彼女の旅行に持っていく荷物だろうけど、集合時間とはなんの?
候補はいくつか挙げられるが。
1.僕と祇園寺さんの秘☆密の二人旅。
2.僕と祇園寺さんと絵澄ちゃんの秘密(涙)の旅行。
3.祇園寺さんと絵澄ちゃんの(羨ましい)旅行。
さて、どれだろう?
「答。4.ワタシとお兄さんを含めて昨日のお買い物メンバーで旅行。でしたー。さて、罰ゲームは硫酸カリウム一気飲みで良い?」
いつの間にかショットガンをしまった絵澄ちゃんが階段のところで、そんなことを抑揚のない口調で言っている。
心を読まれたらしい。
「硫酸カリウムなんて難しい単語よく知ってるね、絵澄ちゃん」
祇園寺さんは昨日と同じく彼女が冗談を言っていると思っているようで、絵澄ちゃんの頭を撫でて褒めている。
騙されないでっ! 彼女は悪魔の子よ!
「いや、そんな物騒な物持ってないけどね?」
と、ここまでなら安堵出来るが、その後に続いた、あれは楽には入手出来ないから無駄には出来ないし、とぼそっ言うのがトラウマになりそうなくらい怖い。
「も、持ってるの?」
念のため聞いておかないとあと一ヶ月は毒味なしにご飯も喉を通せない。
「いや、薬品や化学物質って入手が難しいので」
そして、その後とってつけたかのように彼女は、もちろん持ってないけどね? と言うが、信用は勿論出来ない。
精々今の言葉を信用するのは今も凄いね、と絵澄ちゃんの頭を撫でている祇園寺さんくらいだろう。
彼女には絵澄ちゃんの恐怖を、最低でも僕に預けられて、一緒にいる一ヶ月は感じさせないように努めよう。
まあ、あまり祇園寺さんと会うことはないと思うけど。
彼女は彼女で結構忙しいみたいだし。
「いや、だからこれから一週間ほど旅行だと先程言ったが」
また、絵澄ちゃんが僕の心を読む。
「そうだよ、雑学君。荷造りは終わってる?」
祇園寺さんまで。
「ん? ちょっと待って。僕そんなこと聞いてないよ」
そう言うと、祇園寺さんは驚きを隠さず確認をとってくる。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「嘘つきお兄さんが出現した。絵澄はどうしますか。特技→一撃必殺グングニルで心臓を刺しながら爪を剥ぐアタック」
「絵澄ちゃん。その怖い名称の必殺技は封印しなさい」
怖すぎる。心臓を刺すだけで良いじゃんっ! 明らかに爪を剥ぐことに苦痛を与える以外の理由が見あたらない。
「飾璃ちゃんがもう話したって言ってたのに」
昨日何も旅行用品買わなかったから不思議に思っていたんだけど、と祇園寺さんは続ける。
その時点で何か言っていたら分かってたのに。と、無意味に他人を心の中で責めてみる。
「一昨日そんな話をしてたみたいだけど、特に何も言われなかったし」
「そっか。じゃあ、雑学君は行かない? 一応、まだ集合時間には間に合うから荷造りをぱぱっと出来れば間に合うと思うよ」
うーん。どうしよう? 絵澄ちゃんを単独で面倒見なくて良いから楽になると言えば楽にはなるんだけれど。
「絵澄ちゃんは行きたい?」
「それくらい自分で考えろ」
きつい!
「絵澄ちゃん! ダメだよそんなこと言っちゃ。雑学君も絵澄ちゃんのこと考えて聞いたんだから」
そして、優しい。
うん。これはもう決定だな。
祇園寺さんには申し訳ないけど、一緒に行って面倒を見てもらおう。
「って、絵澄ちゃんっ! それ、しまって、しまって!」
背中からグングニルを出そうとしてやがる。もしや、祇園寺さんにさっきの必殺技を使う気だったのか?
運良く祇園寺さんは絵澄ちゃんの背後にある凶器には気付かず、絵澄ちゃんは僕の言った通り、グングニルを隠す。
と言うより、毎度毎度どこから出してるんだ? グングニルも気付いたら背中に隠してあるし。
絵澄ちゃんの祇園寺さんに対する行動を見て、少し不安にはなったが、とりあえず僕は行くことを了承し、荷造りを始めた。
絵澄ちゃんはもう荷造りを終了させていたようで、僕の鞄に、入りきらなかったらしい凶器を忍ばせようとしながら、僕の荷造りを邪魔し続けた。
そして、荷造りを終了させて、集合場所へと移動する時、なんと言っても男の子な僕は三人分の荷物を持つことにしたが、絵澄ちゃんの鞄が一番小さく、ランドセルくらいの大きさなのにも関わらず、僕と祇園寺さんの荷物の重量を足して二倍にする以上に重かったことに多大な不安を感じた。
◆◇◆
集合場所に辿り着いて驚いたことは二つほどあった。
一つは遅刻常習犯の飾璃が一番最初に着いていたという事実を聞かされたこと。
二つ目は岸崎が老齢の執事と共にマイクロバスで集合場所に登場したこと。
一つ目は、まあ、飾利ならこういうイベントごとになると遅刻率がぐんと下がるらしいと言うことを聞いて納得できたが、二つ目は驚かざるをえない。
裕福で、今回の旅行も彼の別荘で過ごすというのを聞いて、凄いなあ程度のことは思ったが、執事を保有しているというのは桁が違う。
マンガのような架空世界でなら裕福イコール執事やメイドを保有しているが、現実ではそんな奴はいない。
イギリスにいる親の友人で、古くからの貴族の家系である何とか卿とかって言う正式名称のある人は執事くらい持っていたが、岸崎はそんな英国貴族ではないはずだ。
と言うより、秘書やお手伝いの人はそれなりの地位に就けば傅かえている人もいるけど、執事なんてそうそう傅かせられるものではない。
岸崎家とは一体どのような家系なのだろうか。
「……謎だ」
「なにが~?」
現在は迎えに来て下さった執事さん(渡辺さんと言うらしい)が運転するマイクロバスで、岸崎家の別荘へと向かっている。
「いや、飾璃。お前バカか? 別荘はともかく執事なんてそうそう持ってるもんじゃないぞ」
「バカじゃないもんっ! 執事さんなんて普通だもんっ!」
飾璃はふて腐れたように頬を膨らまして、そっぽを向いてしまった。絵澄ちゃんと同じ空間にいるのを忘れるための空元気のようにも思える。
「いえいえ、そんな、凄くないですよ。うちの家系は今は岸崎姓になっていますが、曾祖母まではそれなりに歴史のある名家だったので」
その恩恵を今もまだ授かっているだけです、とイケメンは続ける。彼は絵澄ちゃんの存在を認識しようとさえしていない。
しかし、イケメンでリッチで性格も良くて、頭脳もそこそこ。
「岸崎君って、実は凄くモてる?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
いや、絶対モてるね。僕が女だったら告白する前に求婚してる。
なのに、何故僕の周りの女性陣は彼を構わず談笑している。
……最近の女の子はよく分からん。
「イケメンのお兄さん。略してイケさん。質問良いですか?」
来たよ。爆弾娘の爆弾質問。
「絵澄ちゃん。イケさんだとイケメンさんを略したことになっちゃうよ」
祇園寺さんも変なところを突っ込まないで、それより変な質問されるから、それを止めようよ。
「い、良いですよ。絵澄さん」
今まで無視を決め込んでいただけに、少し驚いている。そして目を合わせようとしていない。絵澄ちゃんは怖がられてるなあ。
「お金持ってるのに何でまだどーてーなの?」
「ちょっとまったぁぁぁぁ! 絵澄ちゃん、景色見てなさい。ほら、お山がいっぱい、自然がいっぱいだよー」
岸崎にごめんと目で謝りながら、僕は絵澄ちゃんの視線を車外へと向けさせる。
すると意外なことに、良いですよ本当のことなので、と小声で言われた。
以外だ。貧乏人ではないが一般的な家庭の僕には金持ちイコール何でも手に入るという偏見があった。
やっぱりお金じゃ変えないものもあるんだ。それ以外をマスターカードで済ますかは別として。
それより、絵澄ちゃんは何故岸崎が童貞であることを知っているんだ。
……謎が謎を呼んだ。
「そんなことより、まだ当分着きそうにないし、ゲームしよっ! ゲームっ!」
微妙な雰囲気になりかけた車内の空気を一変させる提案が飾璃から成された。
ナイスっ!
「んじゃ、しりとりね~」
地味だな。
ここは普通定番のトランプゲームとかじゃないの? 何故しりとり?
「あたしからね~。しりとりのりからで、陸軍第十三小隊で、『い』っ!」
……おかしくないか、それ?
「『い』かぁ。イソシアナトメチルで、『る』ね」
……祇園寺さんまで。
明らかにその言葉の選び方はおかしいでしょ。
「おかしいよ、玲奈さん」
おお、絵澄ちゃんがまともな突っ込みを!
「それ、正式名称は3―イソシアナトメチル―3,5,5―トリメチルシクロヘキシル=イソシアネートでしょ? 『さ』から始まらないとダメだよ」
えっ? 突っ込みどころそこ?
「ああ、そうね。ごめんね絵澄ちゃん。じゃあ、イオルコスで、『す』ね」
ちょっと待ってよ。これは無理だろ。
ほら、言葉だって、分からなすぎて何も言えないでいるよ。
「…………スーパーチューズデー」
いやいや、何そのわけの分からないの。分からないからって、適当にでっち上げちゃ駄目だろ。
「ああ、確か、米国の大統領選挙において,予備選挙などが集中する火曜日のことですよね? 新語も良いんですか。じゃあ、『で』で行くか、『い』で行くか悩みますね、雑学さん」
ちょっ、意味あるの?
って、次僕じゃん。『で』でも、『い』でも無理だって!
「…えっと、デジャヴ?」
一瞬、皆の顔が「何言ってんのこいつ?」という顔になったように見えました。
◆◇◆
苦痛に耐えて、しりとりを続けたが、岸崎の別荘に着く頃には皆の顔が「こいつはもう駄目だ」と言っているようで、もはや拷問だったけれど、車を出た瞬間にいつも通りの顔になってくれて安堵し、僕が人生でもうしりとりはしないと心に決めた瞬間となった。
「雑学君。あんまり気にしないで。誰にでも得手不得手はあるわよ」
気遣いが嬉しくもあり、情けなくもあるけれど。いや、あんたらのしりとりのやり方がおかしいんだよ、とは言えず、有難うと一言言って、渡辺さんに通されて別荘に入った。
入る前に気になったことを一つここで言っておくとすると、誰もいないからという理由で今回借りることとなったこの別荘だが、昼間だというのに室内の電気が点けられていたように見えた。
「……」
絵澄ちゃんはなんか壁に背を付けてサブマシンガン構えてるし。
「絵澄ちゃん。それって普通は扉を開ける前にしない?」
「っ!」
いや、何驚いてるの。映画だとそうだから言っただけなのに。
「え、えっと」
何故恥じている?
そんな、ドジをした感じで恥じるお茶目キャラじゃないぞお前は!
どっちかって言うとジト目キャラだ。もしくは常に瞳孔開いちゃってるぜ☆いえーい、キャラだ。
「自分で考えていることがわけ分からなくなってきた。どうしよう。僕はどうすれば良いんだ?」
「気にすんなってー。分けわかんないのはいつものことじゃんっ!」
……えっと、誰?
なんか女子用のスクール水着を来て、ネクタイをした変態男性が僕の背中をばんばんと叩いてる。
ほら、みんな脅えて僕から距離をとってるよ。
って、ちょっと待て! 僕を見捨てるなよっ! この変態をどうにかして下さい、お願いします!
「次郎兄さん、何故ここに居るんですか?」
おっ! 岸崎から思いもしなかった救援が。さすがイケメンともなるとたかが変態には臆しもしない! きっとイケメンからしたらみんな程度の違いはあれど変態並みな存在なんだろうなあ。常に思っているに違いない。「何であんな顔で外歩けるんだろ、恥ずかしくないのかな」と!
……そう考えるとなんか岸崎が嫌な奴に思えてきた。
「えっと、何を考えているのか分かりませんけど、雑学君、俺、何か不快になるようなことしました?」
「いやいや、そんなわけあるわけないだろ、なっ?」
……変態、何故お前が応える?
「きっとあれだ。私が君たちを歓迎するために労した策が効を成して、感激のあまり感動してしまったが、それを表に出すのは憚れるので無理して押し殺そうとしたら逆にむっとした表情になってしまったに違いない!」
だって、男の子だからねっ! と続ける変態。
「……いや、だから誰?」
さすがに変態に顔なじみ面されるのはもう限界だ。
「なんだい? 私のことを話していないのかい、信長君?」
当然私のことは話題に上がっただろうにと続けるが、一切聞いたことないよ。岸崎にこんな変態的な知人がいるなんて。
「えっと、すみません」
謝ってしまった。なんか、岸崎も可哀想だな。
「仕方がない。私自ら自己紹介をしてやろう!」
いや、結構です。とりあえずこの土地から去って下さい、と言える間もなく、変態は自己紹介を始めた。
「名前は岸崎次郎! 家系図的には信長君の従兄弟に当たるが、実質的には信長君の尊敬する兄って感じだねっ! 私のことは気楽にジョニーと呼んでくれ給え」
次郎がどうしたらジョニーになる?
そんなことを誰しもが思ったに違いない。そして同じく、岸崎が変態ジョニーを尊敬することもなく、ただただ苦労しているんだと言うことを皆が察した。
岸崎の性格の良さはこいつの影響か。こんな奴に関わってたらそりゃ並大抵の性格でなければ普通に接することが出来るよなあ。
勿論、佐渡絵澄は並大抵の人格ではないので、普通に接することが出来てないのだが。
「おやっ? どうしたのだね。皆一様に信長君を見つめて」
哀れんでるんだよ。理解しろ、諸悪の根源っ!
「ははーん.信長君が羨ましいのだね? 分かるよ、分かるとも。こんなに凄い兄貴分がいるなんて妬みの対象になり得るだろうねっ! いやっ、すまないね信長君」
「凄いってのは、合ってるね」
「うん」
「……(コクコク)」
女子が固まって変態から身を守ろうとしている。言葉、お前、俺を見捨ててそっちに行ってやがったか。
「女子と言えば……あれ?」
絵澄ちゃんがいない。
「どうしたんだね? きょろきょろして、私の残り香が何処にあるのか探しているのかい?」
そんなの探すわけねえっ!
「っと、いたっ!?」
天井にへばり付いて手榴弾のピンを外そうとしてる絵澄ちゃんを発見。
ああ、死んだな、僕。
「ふっ。おいたはいけないよ」
そこからの光景は異様だった。
変態は絵澄ちゃんを見るなり跳躍し、その手から手榴弾を取り上げ、驚いた絵澄ちゃんは一秒ほど固まっていたものの、すぐさま背中からグングニルを取り出し変態へと突き出す。その攻撃を変態は空中で回転しながら避け、その動きを利用してグングニルを蹴り、絵澄ちゃんの武器を蹴り飛ばそうとする。しかし、この時点で絵澄ちゃんはもう冷静になっているようで、その動きを読んでグングニルを引き、天井でしゃがみ込む。変態は空を蹴ったことに少し驚きながら、にやりと笑う。絵澄ちゃんも同じくにやりと笑い、天井を蹴る。床と天井の丁度中間地点で両者は激突し、勢いのある絵澄ちゃんが少し優勢かのように思えた。しかし、変態は上手く体を捻って衝撃をずらし、両者が同じ瞬間に着地する。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
渡辺さんを除く全員が言葉と同じ台詞を発した。正確には発せなかった。
「それでは皆さんのお部屋と屋敷の説明をさせて頂きますね」
さすが、と言うか、なんというか渡辺さんは今見た光景に全く動じることもなく、自分の職務を忠実にこなす。
ただ、僕は聞いてしまった。彼が、僕たちの間を抜け先頭へと行く時「お二人ともまだまだですね」と呟くのを。
執事というのは武闘経験もあるらしい。
◆◇◆
一通り別荘内を案内してもらい、朝・昼・夜ご飯の時間を聞いた後、皆が自室でちょっとした荷解きをし始めた。
僕はもともと持ってきた荷物も少なかったので、すぐにリビングへと向かった。
リビングの扉に手を掛けようとしたところ、渡辺さんと変態の声が聞こえてきたので、思わず手を引っ込める。
「いやあ、信長君もあんなに良い友達が沢山いたんだね。私も鼻が高いよ」
「はい。坊ちゃまも大学生活は楽しんでいらっしゃるようで何よりです」
「うんうん。そのために私もここに来たんだしね」
「ということは、やはり?」
「ああ、来るよ。彼の秘書に聞いたから間違いない」
「左様で御座いますか。しかし、何の為に?」
「さあ? そこまではさすがに教えてくれなかったよ。差詰め、嫌がらせって所じゃないかな」
「嫌がらせですか。あのお方ならあり得なくもないですな」
「あらら、渡辺の爺さんがそんなこと言うなんて、三月のことは聞きしに勝るのかな?」
「ほっほっほ。それはご想像にお任せしますよ、次郎様」
そこまで聞いて、僕は扉を開けた。
何となくだが、詳細を聞きたくなってしまったのだ。
「おおっ! 君か! 何か用かね? 信長君の友達は皆僕の弟・妹みたいなものだ、遠慮なく言ってくれ給えっ!」
服装が一般的なワイシャツ、スラックスに替わっても何処か変態的なオーラが漂っている奴は無視して、僕は渡辺さんに率直に聞いた。
「さっき話していたことを詳しく聞かせてもらっても良いですか?」
勿論、僕だって他人の事情に深入りする気はない。ここで訊いて話してくれないのであれば無理に、と言うつもりもない。ただ、盗み聞きに近い形で聞いてしまったと言うことを彼らに教えたくて、そう言った。
だが、彼らは思いの外寛容で、寛大だった。
「そうか、聞こえてしまったか」
「聞こえてしまいましたか」
まるで聞こえるように言ってましたと言わんばかりの形式的な諦めを混ぜたような笑顔で、彼らはそう口にした。
「よし。聞きましょう」
ねっ、お兄さん、と続けたのはいつもの如く突如として出現して見せた絵澄ちゃんだった。
「君は、絵澄ちゃん、だったっけ?」
思案顔になりながら思考する変態。
思案する必要もなく小学生に聞かせる内容ではないと思うのだが。
まあ、内容はまだ分からないのだけれど。
「絵澄さんなら別に問題ないと思われます」
さらりと渡辺さんがそんなことを言う。
「そうかい?」
「はい」
そんな会話がなされ、結果として、僕と絵澄ちゃんは岸崎に関わる話を聞くことになった。
もしかしたらこれは真面目な話ではないのではないのかも、と僕の中に疑念を抱かせながら。
◆◇◆
「どこから話したら分かりやすいかなあ」
一応他の連中に聞かれてはいけないのか、書斎に移動して、変態がそう口にした。
ちなみに書斎はちょっと一般的なそれとは規模が違った。
まず、天井が高くドーム状になっており、そのカーブした天井に達するまで本棚が高くそびえており、本棚の高さの真ん中ほどで更なる足場とスライド式の梯子が備え付けられていた。
そして、そのドームの天辺からは中くらいのシャンデリアがぶら下げられて、敷き詰められた書籍類がなければちょっとしたダンスホールになり得た。
勿論、その部屋がダンスホールでないことを主張しているのは、机という存在も起因している。
つまり、一般的な書斎を保有している人物はこれを見て、自らも書斎があるなどとは少し恥ずかしくて言えないようにしてしまう。そんな部屋に僕たちはいる。
「それでは、三月の際の騒動から簡潔にお話ししましょうか」
「ああ、確かに発端に近しい出来事と言ったらそれだな。よし、爺さん頼む」
「畏まりました」
そこからは岸崎信長という青年が、僕たちが何となく入れた大学に入る為、どれだけの苦労したのかという話を聞かされた。
僕たちの大学は偏差値で言うところ中の中。平たく言ってしまえば平均的だ。
岸崎の父親はそれを許さなかった。
岸崎家という旧名家の名折れだ、と反対した。勿論、岸崎だって馬鹿ではない。本当に名折れになるような大学にしか入れなかったわけではないのだ。
それを彼自身も、彼の父親も理解していた。
しかし、岸崎は滑り止めでもなく、記念受験でもなく、今いる大学を受験した。逆に、他の大学は受験すらしなかったそうだ。
平均的な大学を唯一本命として受験した。本来であればこれはそれほどおかしいわけではない、と僕は思った。
その大学に入学したかった、そんな理由で大学受験をする人間は珍しくはない。ただ、問題はその大学が特筆すべき大学ではないことが問題なのだ。
特筆すべき点も利点もない大学。
入学したからと言って他では進めない専門課程に進められるとか、ここでしかない学部があるとか、その様なものは一切ない大学。
それが僕たちの入った大学だ。
では、何故岸崎はその様な大学を進学先として選んだのか。
渡辺さんが聞いた話によると、岸崎家を過去の呪縛から解放したかったから、だそうだ。
過去の栄光は過去の遺物となり、現在では呪縛になっているらしい。
「曾祖母まではそれなりに歴史のある名家だったので」とは彼の言葉だ。
バスの中ではちょっと自嘲気味に言っていたので、それは謙遜の類だろうと思っていたのだけれど、違ったみたいだ。
彼は、もう岸崎という一般名である岸崎家の人々が変にプライドを持って他人と接することに嫌気がさして、僕たちと同じ大学を受験したらしい。
父親の代まではもう生き方を変えられないかも知れないけれど、岸崎からは一般的に、普通に、平均的に生活をしたいと思い、その決意表明として今の大学を選んだらしい。
それを彼の父親が知った時は激怒した。いや、激高した。
激怒して激高して憤怒して、怒濤のごとき声を響かせながら、最後には岸崎にこう言ったらしい。
「当分は好きにさせてやる。その代わり、お前の言う普通というものが我々には許されないと言うことを、そのうち思い知るだろう。私が何かしなくとも、お前は気付かされるのだ。お前がどれほど馬鹿らしい夢物語を語っているのか」
その言葉の意味は渡辺さんにも分からないらしいが、それ以降岸崎は実家から引っ越し、渡辺さんと一緒に大学近辺に住んでいる。
「それで、その分からず屋さんが今日来るらしいのだよ」
そう変態は締めくくった。
「確かに、それは険悪なムードになりそうですね」
カチャ、といつの間にか取り出したショットガンライフルに絵澄ちゃんは弾を装填する。
……突っ込まないぞ。
「まあ、そんなわけでさ、君たちにはちょっと協力して欲しいのだよ」
ショットガンの装填に対向してか、変態はばっとワイシャツを開いて上半身をさらす。
……突っ込まないぞ。久しぶりのシリアスシーンなのに、ギャグパートには出来ない。
「でも、協力って、何をすれば良いんですか? と言うより、わざわざ自分では何もしないって言ってた岸崎のお父さんが、ここに来て何かするとは思えないんですが」
「雑学様が仰ることはごもっともです。しかし、旦那様がここに坊ちゃまが居ることを知らずに立ち寄るとは思えません」
確かに、引っ越したとはいえ、その様な親なら子の動向くらいはある程度把握していそうだ。
「でも、たかが二ヶ月程度で根をあげて和解しに来るわけでもないですよね。じゃあ、何でわざわざ岸崎の所まで会いに来るんだろう」
「それが分からないので、雑学様にご協力を願いたいのです」
我が子を守る協力を要請する様に、渡辺さんは懇願する。
渡辺さんと岸崎だと実際は祖父と孫くらいの年の差だけれど。
しかし、渡辺さんがどれだけ岸崎のことを思っているかは分かる。
「良いですとも」
と威勢よく快諾したのは他にも隠していたであろう全部の(だと願いたい)武器を取り出して、メンテナンスをしている絵澄ちゃんだった。
「おお! 有難う御座います、有難う御座います」
本当に孫のことを思う祖父のように喜ぶ渡辺さん。
「で、君は?」という視線を変態に向けられて、僕はちょっとした溜息を吐きながら笑顔で言う。
「僕も協力しますよ。岸崎は良い奴ですしね。僕だって学友が減るのは気持ちよくないですし」
「さすが、マイリトルブラザー!」
てめえの弟になることを承諾した気はないがな。
「では、雑学様達にやって頂きたいのは……」
◆◇◆
まるで書斎での出来事はなかったかのように振る舞い、昼食が終わり、僕と絵澄ちゃんは渡辺さんの指示通り、行動を開始した。
「イケメンブラザー、ミーを景色がビューティフルなプレイスに連れてってプリーズ」
絵澄ちゃんが変態の影響を受けているっ!? まずいぞ。これは絵澄ちゃんの両親に顔向けできないくらいにまずいぞ。
「えっと、この近くでですか?」
岸崎も普通に返答してるし。
「イェスウィーキャン」
「…絵澄ちゃん。貴方はアメリカの大学院出てるんだよね。変な英語は止めなさい」
そう言って、軽く絵澄ちゃんの頭を叩いた。さすがにこのままいったら本当に変態2号になりそうだ。
でも、絵澄ちゃんを叩くのには少しとは言えない量の勇気が必要だったのは言うまでもないと思う。だって、僕は今冷や汗が掘り当てた温泉のように出ているし。
しかし、絵澄ちゃんの行動は僕の予想とは違った。
「ごめんなさい」
素直に謝るなんて、やっぱり良い子なのかも知れ……アーミーナイフが手に握られているのは何故?
「うんうん、若人達がこんなに天気が良いのに室内に籠もっていてはここに来た意味がない。何処でも良いからここら辺の絶景へと行ってきなさい」
変態が打ち合わせ通りに皆を促す。
……いや、その前に絵澄ちゃんを止めろよ。僕が死んだら全て台無しだぞ。
「そうだねっ! やっぱり子供は外の子風の子筍(たけのこ)だよっ!」
「飾璃ちゃん、それだと人間じゃなくなってるよ」
「……(コクコク)」
やはり変態が近くにいると僕ではなく女子の方に言ってしまうんだね、言葉。
「どうかしました? 雑学君」
「……寂しくなんてないやいっ」
「よし、では代わりに私が言葉さんの後を引き継ぐよ?」
「……ごめんなさい、遠慮します」
想像しただけで身の毛も弥立つ提案をしないで下さい。
「景色の良いところでしたら」
渡辺さんが打ち合わせ通りに提案してくる。
「何処かあるのかい?」
「ええ、ちょっと遠くなってしまいますが、とっておきの場所が御座います」
そう渡辺さんが言って、岸崎の顔が思案顔から幼い陽気な表情へと変わった。
「あっ、もしかして、渡辺がいつも連れて行ってくれるところ?」
「はい。坊ちゃまも覚えておいででしたか」
渡辺さんも孫に会ったお祖父さんのように柔らかい笑みを浮かべる。
本当にこの二人が良い関係を気付いてきたことが明白に分かるワンシーンだ。
「じゃあ、そこへ今すぐフライアウェイだねっ!」
やばい。変態の片鱗が飾璃にも伝染した。
「れっつごー」
「……ゴー」
女子全員に伝染したっ!?
「……たぶん勘違いしてるけど、私は変な英語は全く使っていないよ、マイブラザー」
「……確かに。そうですね」
初めて変態とまともな会話をした瞬間であり、意外と彼は頭が良く、人の考えていることを察することの出来る人間であることが分かった瞬間でもある。
「まあ、変態的な行動に出てる時点で問答無用で近づきたくないけどね」
「それは激しく同意するよ、お兄さん」
お前は違う意味で近づきたくないけどな。……って、何故僕の服を握っている。そして、何故言葉は絵澄ちゃんを睨みながら服の反対側を握っている。
「ちーちゃんモテモテだ―」
「雑学君モテモテね」
いや、このモテ方は非常に不本意なんですけど。
「それではちょっとした軽食とお飲み物を御用意致しますのでしばらくお待ち下さい」
そう言って、渡辺さんはキッチン(ちょっとした個人経営料理店の厨房レベル)へ引っ込み、僕たちはリビングで待つこととなった。
その間何故かその場にいた全員に両手に花状態だと持て囃されたが、個人的に片方は起爆寸前の爆弾で、もう一つは座敷童だと思って聞き流していた。
爆弾と座敷童は何か水面下の争いをしているようだし、彼女たちにとって僕はたんなる戦場でしかないのかも知れない、とも思いながら。
◆◇◆
岸崎の別荘を渡辺さんに見送られながら裏庭から山道へと入って五分くらいして、ふとした疑問を飾璃が漏らした。
「何で渡辺さんも来なかったんだろ? 不思議だね、疑問だね、悶々するね?」
「夕食の準備するって言っていただろ。お前は本当に人の話を聞かんな」
勿論、これは建前である。実際に準備もしているだろうけど、目的は岸崎の親父さんが来た時に、岸崎より早く別荘へと来た理由を聞こうという魂胆だ。
そして、来荘の理由が岸崎に害あるものであれば、その対処をする。その為に渡辺さんは残った。
変態は、というと、来荘の理由が害あるものであった場合、僕たちに渡辺さんが知らせる為の連絡役と言ったところで、僕から言わせてもらえば別段必要な存在ではない。
とりあえず、個人的に、僕たちと一緒に来て欲しくなかった。
「……というわけさ」
「えー! やっぱり。ってことは……」
なんか知らないけど、同族っぽいからなのか飾利と変態は意気投合してうるさいし。
「そうなんですか」
「ええ、だからね……」
大人しい、良識のあるいい人組、岸崎と祇園寺さんもなんか大人しく普通に盛り上がってるし。
「……(じぃ)」
「お兄さん、暇なので首を外す手品をして下さい」
言葉はまるっきり絵澄ちゃんを敵視しているし、絵澄ちゃんは絵澄ちゃんで言葉をシカトして、僕を殺そうとする提案しかしてこない。
「はあ」
目の前の四人が二組になって同族同士で盛り上がっているというのに、何故僕の周りには違う属性が二つもあるんだ。
しかも、なんか疲れる属性が二つも。
絵澄ちゃんは言わずもがなだけど、言葉は山道を歩くという今の状況ではプラスにはならない。
よって、二人とも服という媒体を経由して引っ張って歩くというのは肉体的にも精神的にも疲れる。
しかし、のんびり歩いていると言うこともあり、岸崎家の別荘周辺の地理は何となく分かってきた。
別荘の左右には、遠くない位置に川が流れており、別荘のある土地を囲むように下流で合流しているらしく、僕たちが通ってきた道はその一つの川を越えてきているらしい。勿論、僕はバスの中で暢気に景色を見る余裕もないくらい真剣にしりとりをしていたので、気付かなかったが、どうやら別荘に至る道はその道一つだけらしい。
そして、別荘の裏庭から入る山道は山へと続いていて、今向かおうとしているのはその中腹にある、別荘を含めた周辺を見晴せるところらしい。余談だが、そこから見晴せる土地はほとんどが岸崎家が所有しているらしい。
「……」
「……」
ん? いつの間にか静かになって、絵澄ちゃんからの脅しも聞こえなくなっている。
そう気付いて、自分の左右に目を向ける。誰もいない。
前には先程と変わらない2ペアが何事もないように談笑を続けている。
……どういうことだ?
「っは! まさか――」
想像は現実となり、背後を振り向いた瞬間に突きつけられる。
「絵澄ちゃんっ! 止めなさいっ!」
そこには木に鉄の鎖で縛り付けられそうになっている言葉がいた。
「え$$$$$!」
えー、じゃないよ! 言葉が泣いているじゃないか!
「やむを得ない。じゃあ、こちらで」
そう言いながら背中から取り出したのはグングニル。
「それもダメっ! って言うか、何でそんな状態になってんの!?」
「殺意のこもった視線には安らかなる死で応えるのが佐渡家の家訓なので」
そんな家訓はお前の手榴弾で爆破しろっ! って言うより、絶対に違う。絵澄ちゃんの両親は凄く大人しそうな人達だし、そんな物騒なこと思いつきすらしなさそうだ。
「とりあえず止めなさい。言葉も、別に絵澄ちゃんに危害を加えようとしたわけじゃないんから」
「え******? でも、事件になってからじゃ遅いでしょう!」
その事件を起こしそうな奴が言う言葉じゃない。
「それに、お兄さん」
次はどんなぶっ飛び理論がその口から出てくるんだ。
「偉い人は言いました。やられる前に痛め付けて炙ってから殺れ、と」
「どこにそんなヒト目ヒト科サディストって学名が付きそうな偉人がいるの!?」
「多少、アレンジを加えてます」
「格言にアレンジを加えるなっ!」
「でも、人の言うことを鵜呑みにしてたら人間的成長はなしえない」
「至極もっともなことをこの場面で言われたっ!?」
「んーんーっ!」
おっと、絵澄ちゃんの相手をしてたら言葉の存在を忘れていた。
とりあえず、絵澄ちゃんには物騒なことをする前には必ず僕に一言言って許可を得てからするように言い聞かせ、言葉に巻き付けられた鎖を解いてあげた。
「……そして、何故あいつらは僕らを置き去りにして行った?」
全てが終わった頃には、前を歩いていた似た者ペア×2がいなくなっていた。