
駄文集
第三章――転機――
十二月一日(日)正午――ウェールズ北部、とある村――
「すいません」
巨躯の男が、村人に声をかける。
その巨体を見て、農作業をしていた中年男性は驚く。
何故なら、その巨体の男は顔まで包帯で巻かれており、明らかにどこかの病院を抜け出してきたような風体だったからだ。
だから、その男が訊ねる前に、農夫はウェールズ訛りの強い英語で「病院はここから二十マイルほど南じゃぞ」と応えてしまった。
「あ、いえ、病院ではなくてですね」
「墓地なら、そこの教会の裏じゃ」
「いえ、まだ死んでません」
「病院は――」
どうしても男を入院か成仏させたいと見える農夫を遮り、男は質問をする。
「ここの土地に昔いた領主のことをお訊ねしたいのですが」
「りょうしゅ?……神父ではなく、か?」
「ええ、違います。確か一七世紀頃までは領主がいましたよね?」
「ああ、おったのー。確か爺さんに聞いた話しじゃと、とんだ悪い奴じゃったそうじゃ」
「……悪い奴」
「ああ、それはもう悪逆非道のありとあらゆることをやっていたそうじゃ」
「えっと、もうちょっと詳しく伺えませんか?」
「んー、そうじゃなー。……!思い出したぞ」
「……」
忘れてたのかよ、と男は言わなかった。
「確か、昔からおったその領主は、暗殺や謀略で成し上がったそうでな……」
そう農夫は語り始める。
もとは農夫の出でありながら、元々その土地を任されていた領主に取り入り、その領主の血族が絶えたと同時に自身をその座に就けた血族の話を。
曰く、その血族は魔術の才に優れてはいたが、謀略や暗殺で敵対する者を葬ったこと。
曰く、自身らが目的の為であれば民をも危険にさらすことを厭わなかったこと。
曰く、民を人とも思わず家畜同然に扱ったこと。
曰く、不満が世代と共に蓄積され、最後にはその座を追われたこと。
「……爺さんは一族郎党殺したと息巻いて追ったが、学者センセーは落ち延びたと言っておったのー」
「その領主の一族が得意としていた魔術の種類は、聞いておりませんか?」
「んー、確かトラップのような設置するタイプじゃとしか聞いておらん」
「罠(トラツプ)?」
「ああ、儂の爺さんの友人がそのトラップに引っかかって燃え尽きたとか、水に飲み込まれて消えたとか、ゆうとったな」
「ありがとうございます!」
そう礼を言って、巨躯の男はその場を後にしようとするが、農夫はその背中に「病院は二十マイル南じゃぞー」といまだに彼が病院を逃げ出した重症患者だと勘違いしていた。
十二月一日(日)正午(農夫との会話から約二時間後)――ウェールズ北部、別の村――
「すいません」
巨躯の男が先ほどと同じように、神父へ言葉をかけると、今度は違う反応が得られた。
「っ!!天に在す我らが神よっ!我が前にいるこのミイラを成仏させ賜えっ!」
「えっと、包帯男(ミイラ)ではありません」
とりあえず弁解するが、いまだ興奮している神父は走って教会内に行き、すぐに手鏡を持って戻ってきた。
それを見せられた男はどう対応すべきか迷うが、「えっと、包帯を巻いていますが、埃及(エジプト)から来たわけではありません」と精一杯、誤解を解こうと言葉を絞り出す。
「ふんっ!」
それでも神父は手鏡を退けない。
「えっと、ここら辺の領主だったペンテコスト家についてお伺いに来ました」
問わないと話が進まないと思い、そう訊ねたが、神父は何故か彼がペンテコスト家の亡霊だと思ったようで、祈り始めた。
「天に在す我らが神よっ!」
「ああ、俺は違うので」
と男が言っても、聞こえていないようだ。
だから、と言うわけではないが、話を進める為、ここは神父の想像に従うことにした。
「ペンテコスト家を根絶やしにしないと我の悲しみは癒されぬっ!」
彼らの居場所を教えるのだ、と幽霊をのように両手をぶら下げたかたちで両腕を挙げながら、男は続けた。
その演技が効を成したのか、神父は篤信を得たといった表情で「ペンテコスト家はバーミンガム州に落ち延びたと聞いております」と言ってくる。
「礼を言うぞー!我が無念、晴らさでおくべきかー!」
「神よ、あの迷える魂を導き給え」
その祈りを背後で聞きながら、神父から自身が見える範囲(田舎なのでかなり遠くまで見通せる)では幽霊のように歩いていた為、道行く人に悲鳴を上げられたが、無事目的地を聞き出すことに成功した男だった。
しかし、神父の視界から逃れることは出来たが、男がこの村から逃れることを許さない者がいたようだ。
「ちっ!」
一息吐く暇もなく、男が先ほどまで左足を置いていた地が炎上する。
男は跳んでそれを避けるが、靴の端に出来た焦げ跡が、間一髪であったことを主張する。
相手が見えていれば不平不満を長々とぶつけてやりたいが、相手が見えないこの状況では、男もなにも出来ない。
いつもであれば、ここで相手を挑発でもしておびき出したいところだが、設置型の魔術攻撃で自身を仕留めようとしている相手にそれが通用するとは男には思えなかった。
今度は右足から水が噴き出す。
「はっ!」
男は何度も跳梁するが、その着地の度に炎か水が噴出する。
「よっ!はっ!とうっ!ほいさっ!」
設置型であれば、その数に限りがあると男は睨んでいたのだが、流石にこれほどの数が設置されているとは思わなかった。
現時点で発動された罠の数は、優に三十を超えていた。
このままでは埒が明かないと考えた男は、次の水の罠には引っかかることを決めた。
予想通り、そう決めてから三つ目の罠が水の種類(タイプ)で、跳ばずに立ち止まる。
「うわーーーーー!」
多少わざとらしくもあるが、男は大声で叫ぶ。
そして足下から重力に逆らうように噴き出す水は、縄のように男の巨躯に絡みつき、徐々にその範囲を広げていく。
三十秒と経たずに、巨躯の男は水に全身を捕らわれ、息すら出来なくなる。
男は空気を求めて足掻き始めるが、水の中では動くことが出来ないのか、外から見るとほとんど制止しているに等しい。
すぐに、男の最後を告げる気泡が男にまとわりつく包帯の下から出てきた。
しかし、男が力なく、吊されているかのように手足を水の中で下に向けているのにも関わらず、男が消える様子はない。
その異変に、遠くで観察していた黒い衣(ローブ)を羽織った術者は、すぐに気付いた。
術の不備か、それとも生力の不足か。
どちらでも良い。
どちらであっても、近距離で制御すれば解消されるはず。
そう考えた術者は水に包まれる死体まで歩み寄ってしまった。
「……なーんちゃって」
「っ!?」
術者が近くと同時に、水の中にいた男は目を見開き、包帯の下から出した舌を見せる。
まさに、どっきり大成功とでも言いそうな行動だ。
「解除っと」
男が水中でそう言うと、彼の周りにあった水は重力に従い、崩れ行く。
「ど、どうしてっ!?」
「気になる?……んーじゃあ、三択形式にでも」
一、俺は水中生物。
二、俺は無敵。
三、お前の術は効かない。
そう、男は三つの選択肢を挙げるが、術者にとってはどれもあり得ない。
一は考慮するまでもないし、三は過去に何度も実証しているのであり得ない。
残る二が、消去法としては解答になるが、無敵とか言われて「そうですね」なんて普通は言えないし、納得も出来ない。
だから、術者は混乱しながら、目視で他の罠が設置された箇所を確認する為に周囲を見渡すが、男によって物理的に防がれる。
その巨体が前に立てば、周囲は見えないのだから。
「苦悩しているところ悪いが、こちらの問いにも答えてもらおうか」
そう言って、男は「お前は誰の依頼で俺を狙う?」と訊ねる。
勿論、術者も今まで隠れて狙い(ターゲツト)を仕留めてきた。
一つ罠が無力化された程度で、その問いに答えるわけにはいかない。
だから、術者は袖口から短刀(ナイフ)を取り出して、男を切りつけようとする。
それで男が後ろに避けてくれれば、その分視野が広がる。
加えて、術者の記憶ではその辺りには炎の罠があった。
男が水中生物でも、水の罠が効かなくても、炎の罠であれば関係はない。
だが、術者は第二の選択肢を失念していた。
もし彼が、本当に無敵であった場合を。
無敵であるなら炎だろうが氷だろうが、どのような罠も効かない。
そして、それは同時に短刀による斬撃も同じだ。
きぃん、と刃物がなにかに止められて、刺さらない。到達すらしなかった。
「っ!?」
「さっきの答えは、二番だ」
包帯の上からでも分かる笑顔で、男はそう言って、術者の右腕を掴む。
そして五秒も経たないうちに術者の腕を捻り背後に回し、拘束する。
もう術者は、短刀を握れなかった。
短刀が地に落ちる音が響くと同時に、男は再度問いかける。
「もう一度訊く。誰の依頼で俺を狙う?」
「……」
術者は口を開かない。
……さすがは専門家(プロ)、か。
男は術者にある種の尊敬の念を抱きながら、腕を締め上げる力を増す。
「ぐわっ」
「このまま行くと折れちまうな」
脅しでもなんでもないように、まるで『この空模様だと夜には雨が降るな』とでも言うように、男は言った。
「……くっ」
それでも、術者から言葉は得られない。
「ぐわあっ!」
更に腕を締め上げても悲鳴以外はない。
術者の手は、自身の首の裏まで持ち上げられていた。
これ以上は折れる。
そんなことはそれをされている術者じゃなくても分かっていた。
そしてすぐに、関節が外れる鈍い音がする。
「うわああああ!!!」
痛みを悲鳴で紛らわせようとしているのか、大きな声で術者は叫ぶ。
しかし、その間に男は術者の左腕を先ほどと同様に背中に回す。
「も、もうやめ、て、くれっ!」
「誰の依頼で俺を狙う?」
「そ、それは、い、言えなうわあああ!」
「誰の依頼で俺を狙う?」
「かんべぐわあああああ!」
「誰の依頼だ?」
男は冷静に、一回の問いごとに、左腕の角度を上げていく。
最初にあっさりと折った右腕より、時間をかける。
こうすることで、右腕を折られた恐怖を感じさせるのが男の狙いだった。
答えなければ折られるのは教え込んだ。
であれば、今度は恐怖を自白剤として、吐かせる。
「誰の依頼だ?」
何度目になる同じ問いか、術者はもう考えられない。
それを察した男は更なる自白剤として、言葉をかける。
「黄金の暁会には、ペンテコスト家がいるそうだな」
「!!!!」
「この情報、俺だけが知っていると思うか?」
術者は明らかに動揺し、男の拘束を抜け出そうと藻掻き始める。
「俺の依頼主は、英国軍だ」
「!」
「その英国軍がここまでの情報を知っている」
「……」
「逃げられると思うのか?」
「……無理、だろうな」
やっと命乞い以外の言葉を、術者は発した。
同時に足掻くことを止めて、全身から力を抜いた。
これにより、男は術者が観念したのかと思ってしまった。
思ってしまったが故に、油断が生じた。
その油断を、裁縫針に糸を通すが如く的確に術者は突いて、男の拘束を振り払う。
「あっ!お前っ!」
男がそう抗議にもならない声を上げた頃には、術者はもう視界から消えていた。
男の足下に家紋付きの短刀を放置したまま。
「ん?」
その家紋に見覚えのある男は、それを拾って確認する。
「これってもしかして……あいつの実家か?」
そう言うと、男は小型の長距離通信機を取り出して、連絡を入れる。
その家紋がどこの家のものか、確実に知っている相手に。
同日正午(男が術者を逃した頃)――倫敦市内キングス・クロス駅近辺、某宿(ホテル)――
「桐栖。……なにも君までここに来る必要はなかったんだが」
心配するようにチャールズは、刀を腰に携えた桐栖に言う。
「いや、直接この爆発現場を見ないと分からないこともあるから」
「そうか?」
「うん」
そう言って、二人は介次郎が巻き込まれた爆発の起こった会場へと足を踏み入れた。
照明設備も破損し、壁一面が焦げ跡で黒い為、各扉から入る日光があっても暗く見える。
事件発生後すぐに、英国軍に調査を協力してもらうことが決定し、その調査が終わった後である現在、ここには死体も燃え尽きた家具も、なにもない。
英国軍諜報部が証拠となりそうなものは死体でもなんでも全てを持ちだしたらしい。
その光景を見ていたチャールズ曰く「魔術痕跡が残っている床や壁すら持っていきそうな雰囲気だったよ」とのこと。
英国軍、と言うより政府も、倫敦市内でこれほど大きな爆発事件を起こされて、放置して置くわけにはいかない。
今朝の新聞でも『敵国の襲撃かっ!?』という無責任な見出しで取り上げられていた。
倫敦市内では、この事件に関してはもう有名どころではない。
知らない者がいない、くらいの認識で挑まないといけないだろう。
現にこの宿(ホテル)に入る時も、新聞記者や野次馬根性丸出しの一般市民が多数出張っていた。
だから、細心の注意を払わないといけない。
でないと、介次郎の二の前になってしまう。
「桐栖。君の見解を聞きたい」
「現時点で、相手は僕達の目的は知らない」
「けれど、ここまで露骨な牽制をしてきた」
「それは、後がないという切羽詰まった行動と言うより、ぼくにはどちらかというと……」
切り捨てるという非情な行動に思えた、と桐栖は内心を吐露した。
「それに関しては同意だね。これは牽制と情報漏洩防止の二つを目的とした爆破だ」
「ああ、そしてその牽制相手はぼく達と言うより、黄金の暁会を嗅ぎ回る者達に対して」
「そうだな。でなければ、介次郎一人が巻き込まれたという状況は説明できない」
「うん。単なる牽制であれば、君のところ(ハドンしようかい)に送ったように警告状を送るだけでいい」
「または、うちの商会のどこかの支部を攻撃するでも良い」
「そうだね。内部に人員がいるのであれば、それほど難しくもない」
「それなのに、軍や政府に対する警告もなく、いきなり爆破……」
「警告自体はあったみたいだけどね」
「そうなのか?」
「うん。介兄が調査した相手がいきなり水に飲み込まれて消えたって」
アーサーが言っていた、と桐栖は報告する。
「まあ、介兄は警告だとは思わなかったらしいけど」
「ははは、介次郎らしい」
チャールズはそう笑いながら、周囲を見渡す。
暗くて視界が良好とは言えないが、なにもないのは分かる。
見えるのは開け放たれた扉遠くにある壇くらいだ。
「っ!……チャズ」
「ああ、分かっている」
桐栖とチャールズは同時に、その壇上に何者かがいるのに気付いた。
桐栖は咄嗟に腰の刀へと手を伸ばしそうになるが、抑える。
「おやおや。もう見つかってしまいましたか」
まるでかくれんぼでもしていたかのように暢気な男の声が聞こえてきた。
「誰だっ!」
チャールズは威嚇するように、そう訊ねる。
「誰だ……それは誰しもが問うべき、根源的な問いですね」
哲学的なことを影が言いながら立ち上がるのが、影(シルエツト)から見え、桐栖達は身構える。
腰の刀にはまだ触れないが、いつでも手に取れる位置に手を固定する。
「おやおや。好戦的な人達だ」
やれやれ、とでも続けそうな呆れた風に影は言う。
「ここは軍に管理され、そうそう立ち入れる場所ではありませんよね?」
「そうですね。中に入るのには少々骨を折りました」
ボキボキ、と物理的に骨を折ったかのように影は続ける。
桐栖はそんなとぼけた影と相対しながら、現状を冷静に分析していた。
桐栖達の場所から、影は影としてしか認識できず、扉に近い桐栖達は影の場所からだとはっきりと見えている。
これは視覚的な優位性(アドバンテージ)をとられたことになる。
こちらが少しでも戦闘に備えた挙動をすると、向こうからは丸見え。
対して向こうは、どんな些細な挙動もこちらから確認はできない。
勿論、向こうが大技を使おうとすればそれは見えるが、相手の情報が声以外一切ないこの現状は、些か以上に不利だと判断できる。
どうやら考えはチャールズも同じようで、桐栖に向かって頷いてくる。
「ご自身らの不利な状況を確認し合った、というところですか?」
桐栖達の考え通り、影はその些細な行動ですら見逃さない。
「ぼくらは貴方のことをなんと呼べばよろしいのでしょうか?」
「ほう。この状況を会話で切り抜けようと?」
そう言いながらも、「それではシャドウ、とお呼びください」と明らかな偽名を答える。
「シャドウ……それは、貴方とは別に光源となる人物がいるという認識でよろしいのでしょうか?」
「ええ、私はあくまでシャドウ(かげ)、暗闇の者でございます」
「つまり、お前が黄金の暁会の暗殺だとかを担当しているということか?」
「おやおやっ!これは性急なっ!」
チャールズの問いに大げさに驚いて、影は応える。
「私がその黄金の何某に入っていると、現段階で判断してもよろしいのですか?」
情報もなにもないのに、と影は続ける。
その言に桐栖は心の中で同意する。
いま決めつけるのは性急に過ぎる。
とにかく今は多くのことが発生しており、その内容がきちんと整理されていない。
そんな状況で決めつけて行動をしては、取り返しの付かないことになりかねない。
介次郎のことも、それが原因だったとも言えるのだから。
桐栖は自身の不注意や失態から学ばない種の人間ではない。
寧ろ、その失敗を起こす前に見据えて行動できる人間だ。
けれど、今回に関してはチャールズの性急すぎる判断に同意せざるを得なかった。
「勿論です。……ギルバート・フォン・カルマン卿」
「っ!」
自身を影と称した男は驚く。
「俺たちがなんの情報も持っていないと、性急な判断を下したのは貴様のようだったな」
チャールズが驚くカルマン卿に向かって余裕のある笑顔を向けた。
「何故っ?」
「カルマン卿(あなた)の顔が見えないのに、ですか?」
それとも貴方の素性を知っていることですか、と桐栖は続ける。
正直、この断定はちょっとした賭けでもあった。些細すぎる賭けではあるが。
今日この場にカルマン卿が来る可能性は、確かにあった。
だが他にも数名、候補はいたのだ。
とはいえ、彼の上品な英語(キングス・イングリツシユ)と言葉遣いは、他の候補者ではあり得なかっただろう。
候補は大きく分けて、三種類の人種がいた。
倫敦市内で働く労働階級の者達。
国外で高い地位に就いているが、要職とまではいかない上流階級の者達。
そしてカルマン卿のみが該当する、上流階級に属し、なおかつ英国での就学経験者。
それを説明すると、元影(シヤドウ)であるカルマン卿は、観念したのか光の中へと出てきた。
「いやー、あっぱれですね」
見事な推理と調査力です、と手を叩きながら腰まで届きそうな白銀の髪を後頭部で結わえたカルマン卿は続ける。
しかし、彼の赤い瞳は笑っていない。
そこには殺意が芽生えているように見える。
桐栖は警戒して、やっと刀に右手を添える。
……まだ抜かない。
そんな決意をしながら、抜く瞬間をつぶさに窺う。
同じように考えているのか、チャールズも懐にある魔砲嚢(ホルスター)に手をかけている。
「英国内の会員だけではなく、国外の者までこの短時間で調べているとは……いやはや、本当に参りました」
そう言いながらも、依然としてカルマン卿に降参する様子はない。
寧ろ、相手を認め、相対することを決意したようだ。
「……カルマン家に纏わる逸話をご存じですか」
「……なんの話しだ?」
唐突にカルマン卿は、自然に、自身の家系に関することを語り出す。
「カルマン家は、代々吸血鬼(ヴァンパイア)の家系でしてね」
「吸血鬼、ですか?」
「ええ、流石に私の代ではその特徴も大分薄れてしまいましたが」
そのお陰でこのように日中でも出歩けるようにはなりました、と冗談を言っているのか判断の付かない声色(トーン)で彼は続ける。
「なにが言いたい?」
チャールズはカルマン卿を怪訝に睨みながら問う。
「私が言いたいのは、そのお陰で身体能力には恵まれているということですっ!!」
「チャズっ!避けろっ!」
「っ!」
カルマン卿はそう言うと、魔砲嚢(ホルスター)から魔砲(ガン)を取り出そうとしているチャールズ目掛けて水平方向に飛翔した。
こうして、チャールズ&桐栖VS吸血鬼(自称)の戦闘が開幕した。
同日正午(戦闘が勃発した頃)――倫敦市内英国陸軍司令本部――
三、四十代に見える軍人が、高価な調度品に囲まれて専用の無線機で通信をしていた。
専用の通信機が与えられていることから、この男性の階級が高いことが分かる。
そして同様に、胸に付けられた階級章は、彼を陸軍中将であると主張している。
トーマス・ディケンズ。通称トム・ディケンズ中将は、今年五十八歳になった男。
容姿から若く見られることが多いが、実力も実績も年齢以上のものを彼は持っている。
「ええ……分かりました……ありがとうございます」
しかし功績や階級に奢ることなく、慇懃な対応でトムは通信を終えて、一息吐いた。
本日彼は、昨日からの仕事を継続しており、今朝から一息吐く暇もなかった。
「しかし、枩本商会の面々はよくよくトラブルに巻き込まれるようですね」
先月のことも、現在起こっていることも、その中心には枩本商会の関係者がいる。
昔のことまで挙げ始めると、本当にきりがない。
「昔は辰巳が良く渦中へと飛び込んでいきましたが……」
今はその子達ですか、と桐栖達の父の名を挙げながら感慨深そうに続ける。
そして深呼吸をし、残りの仕事に取りかかろうとすると同時に、無線機が音を鳴らした。
一息吐く暇しか与えられないようですね、と諦めながら、トムは受話器を取る。
「はい」
「トムさん、お久しぶりです」
受話器からお久しぶりというには最近会いすぎているような気もする(桐栖の指示で調査する際に、念のため毎回英国軍を通しており、それ故に顔見知りでもあるトムに直接頼み込むことが多い)ショーンの声が聞こえてくる(つまりショーンの声は面倒事と等価値(イコール)だとトムは感じていた)。
「どうしました?」
今度は、と頭の言葉を発さずに、トムは訊ねる。
「いえいえ、こちらも黄金の暁会に関して情報がある程度纏まってきたので、一度そちらと情報の共有をしておきたいな、とうちの桐栖様(ボス)が仰っていたので」
「そういうことであれば是非お願いしたいですね。でも……」
こちらはあまり提供でき情報がありませんよ、とトムは注意事項を述べる。
それが軍規的に提供できないのか、それとも情報がないから出来ないのか、ショーンは分からないが、構わない。
「問題ありません、とうちの桐栖様(ボス)が仰っていました」
「……私の返答も織り込み済みですか」
本当に辰巳の若い頃を見ているようだ、とトムは思う。
「それでは、二度手間を防ぐ為にも情報量の少ないこちらから、お話し致しましょう」
「お願いします」
そう頼むと、トムは黄金の暁会に関して判明している概要から説明する。
「黄金の暁会は、反政府組織として一八八八年三月に結成されました」
そして、理念に沿う者たちを次々と取り込んで行き、今の黄金の暁会ができあがったとトムは言う。
「結成当時は名もなく、単なる同志達の集いみたいなものだったようです」
その説明からショーンはその先が少しだけ読めた。
最初は寄り合い所みたいに同好の集い(同好の集いにしては些か強烈過ぎる考えだが)が行われており、求心力を持つ指導者が現れ、彼らを組織として統率し始める。
日本では商工会が似たような経緯を持っているし、世界で見ても国家とはそもそもそのようにできあがってきている。
まずは自身らの生活を守る為の集い。
またはより良い生活を築く為の集い。
目的はどうであれ、集団を形成し、すぐにそれを統率する者が台頭する。
自然な流れではあるが、この流れを許容できるほど、彼らの理念は可愛くない。
「その統率者は誰か判明しておりません。ただ……」
ただ、それと思しき者を選出(ピツクアツプ)してはいます、とトムは続ける。
これは昨日まで、桐栖とチャールズも行っていた。
そして、彼らはその可能性が高い順に一覧(リスト)を作成していた。
だから、ショーンもトムが挙げる人物の名称に聞き覚えはあったし、その出自もある程度記憶していた。
けれど、トムは桐栖達が得られていなかった情報を持っていた。
「アレイスター・クロウリー」
トムが統率者である可能性の高い人物として四人目に挙げたのは、桐栖達が作成した一覧(リスト)の最上位にいた者だった。
「酒造業者を営むクロウリー家の長男で、現在三十四歳で白子(アルビノ)です」
「白子(アルビノ)?」
「ええ、身体全体に渡り、色素が薄い方のことです」
白子(アルビノ)を見たことがないショーンは、トムが説明する状態を想像するが、白髪の西洋人くらいしか思い付かなかった。
トムが補足によると、目や睫毛なども白く、皮膚は血管が透き通って見えるらしい。
そう言われてショーンは、今度は人体模型を想像してしまうが、どうやら違うらしい。
口頭では伝わらないと分かったのか、トムは後ほどアレイスターの幼少期の写真を送ることを約束して、話を続ける。
「彼は頭が良かったそうで、通っていた私立学校(パブリツク・スクール)でも優秀な成績を収めていました。その才能から、ケンブリッジ大学への入学も難なく決まったのですが……」
入学直前、唐突にUCLの魔学部へ入学すると言い始めたそうです、と続けた。
UCLの魔学部と言えば、現在桐栖が通う大学だ。
そして英国では珍しく、入学試験がある大学(試験があるのは魔学部のみ)でもある。
しかもその入学試験は世界的にも難関で有名だ。
わざわざ学歴としても華やかなケンブリッジ大学を蹴ってまで進路を変える意味は、あまりない。
勿論、UCLの魔学部は英国でも最上位、世界的に見てもおそらく一番に魔学技術や理論が学べる環境ではある。
だから、どうしても魔学関係の道に進みたいのであれば、入学する価値はある。
だが、酒造業の息子が魔学関係の知識を必要としている理由が分からない。
「アレイスターは魔学技術者、または研究者になりたかったのですか?」
ショーンは素直にそう訊ねるが、トムは首を振る。
「分かりません。……ただ、確実なのは現在も彼は魔学関係の職には就いていませんし、UCL在学期間を除いて論文も研究成果も発表はしていません」
在学中にアレイスターが記した論文や書籍類は、世界的にも高い評価を得た(特に、世界魔術大全という本は各国で訳され教科書として使われている)らしいが、今の彼はその印税で暮らしているだけらしい。
……桐栖様が訊いたら「もったいないっ!」と憤慨しそうな才能ですね。
そうショーンは思ったが、同時にそれほどまでに評価されているのであれば、きっと桐栖はもう既に知って(同時に憤慨して)いそうだ、とも思った。
そんな感想を抱いているショーンに構わず、トムは続ける。
「卒業前後に黄金の暁会から接触があり、入会したそうです」
これは黄金の暁会側からの勧誘があったそうです、と彼は補足する。
確かに、それほどまでに評価された人物(才能)であれば黄金の暁会が接触していてもおかしくはない、とショーンは思う。
特に反政府を唱う組織であれば、有能な人物が必要になってくる。
現実的に、取るに足らない人物達が集まって反政府を唱えても、それは飲み屋で「今の政府は間違っている!」と愚痴るオヤジと変わらない。
その程度の組織であれば、警戒する価値もないし、無害なものと可愛くすら思える。
だが、黄金の暁会はトムの説明によると、アレイスターを勧誘した時点で、十年以上経っており、その時点で会員数は百人を超えていたらしい。
そこまでふくれあがった組織が、飲み屋の愚痴り合いで終わっているはずもないだろう。
そうショーンが訊ねると予想が的中し、トムは「それまでに何回かの反政府活動(デモ)が報告されています」と教えてくれた。
まあ、その内容はショーンが考えていたよりも小規模のもの(集団で政府が不要と叫んで行進するだけだったり、新聞の紙面に自身らの主義主張を投稿する程度)だったが、確かに活動はしていた。
けれどそれらの活動に、アレイスターは関わっていないともトムは教える。
「彼はUCLを卒業した一九〇〇年から唐突に、国外を転々としています」
セイロン(後にスリランカと呼ばれる英国領の地域)や上海、埃及など、トムはアレイスターが滞在した国々の名前を挙げていく。
「そして、二年前にアレイスターは一度帰国して、先月末より日本へと行きました」
そうトムが締めて、アレイスター・クロウリーの背景説明は終わった。
だが、ここでショーンは初っ端から疑問に思っていたことを訊ねる。
「軍はどうやってそこまでの情報を集めたのですか?」
桐栖やチャールズがこの情報を収集できなかったのが不思議だった。
トムの説明では、アレイスターはかなりの有名人のようだ。
現在では、一般人には忘れられているかも知れないが、十年ほど前に魔学部に在籍する研究者として名を馳せたのであれば、桐栖達が情報を集められないはずがない。
だが、その答えは至極簡単なものだった。
「アレイスター・クロウリーは彼の本名ではありません」
トムはそう言って、アレイスターではない本名を伝える。
「彼の本名はエドワード・アレクサンダー・クロウリー、です」
「アレイスター関係ないじゃないですかっ!!!」
あまりに違いすぎて、ショーンは思わず突っ込んでしまう。
「……失礼致しました」
「いえいえ、確かにエドワードからアレイスターは分からないですからね」
まあアレクサンダーなら最初の二文字は変わりませんが、とトムは続けるが、それでもたった二文字だし、そもそもアレクサンダーは洗礼名(ミドルネーム)だろ、とショーンは納得がいかない。
「しかも彼は二年前からエリファス・レヴィの生まれ変わりを自称していますね」
「……エリファス・レヴィって、あの魔学の基礎概念を構築した偉人のことですか?」
「ええ」
「……もう英国人ですらないんですね」
「生まれ変わりですから」
それにエリファス・レヴィは四十一歳の頃に自身の名前をヘブライ語風にして名乗った名前らしいですよ、とトムは偉人に纏わる雑学を教える。
「へー、本名はなんて言うんです?」
「アルフォンス・ルイ・コンスタン、だそうです」
「エリファス・レヴィ要素ないでしょっ!!!!」
「ヘブライ語風ですから」
「じゃあ、アレイスターもヘブライ語風なんですか?」
「彼は違いますね」
「アレイスターどっから出てきたんですかっ!!!」
というか、生まれ変わり名乗るならもうエリファス・レヴィを名乗れよっ、とショーンは更に突っ込むが、トムは「そうですね」と流して淡々と次の者の情報開示を始める。
同日正午(トムが統率者候補を説明している頃)――倫敦市内、某宿(ホテル)――
「くっ!」
五分くらいの時間で、自称吸血鬼は背を床に預け、首元には桐栖の刀が向けられていた。
だが、この結果は自称吸血鬼が弱かったからというわけではなく、桐栖達(主にチャールズ)が強すぎたのだった。
チャールズの魔術階級は第一位ケトル。
第三位以上は生来の生力(エナ)の高さに加えて、魔術技量の方が考慮されることが多い。
よほど規格外の生力を有していない限り、チャールズの魔術技量は素晴らしいものだといえるだろう。
そして、その事実を証明するかのように鮮やかに、チャールズはその実力を見せた。
飛翔して突進してくるカルマン卿を無詠唱、無魔術陣の風魔術で、桐栖の方へと吹き飛ばしたかと思うと、稲妻と同化(これは靴底に刻まれた魔術陣を使用)して追った。
瞬時にカルマン卿の背後(空中)に出現すると、またも無詠唱、無魔術陣で地魔術を使って生成した岩を床から飛び出るように彼の腹部に命中させ、同時に渾身の力を込めた左拳を背に当てた。
それほどまでの攻撃を受けながらも、自称吸血鬼は打たれ強いのか、生まれたての子鹿のように震えながらも、足を地につけ、距離をとる為に後方へと跳んだ。
しかしチャールズによって受けた攻撃が蓄積しているのか、そこまでの距離は跳べなかったし、速度もなかった。
そこで、カルマン卿の逃げた位置に先回りしていた桐栖が、彼を羽交い締めにするが、カルマン卿も勿論、足掻く。
足をばたつかせるように見せながらも的確に魔術陣を描き、発動させた。
勢いよく、闇の霧が桐栖の足下から噴出すると、桐栖は霧を避けるようにカルマン卿を捉えつつ移動するが、目くらまし以外の効果がない闇の霧はカルマン卿に影響なく、移動中に力が緩んだ隙を突いて、拘束を脱する。
だが闇の霧から出た瞬間にチャールズによって頭を魔砲の柄で殴られ、吹き飛ばされる。
その先に待ち構えていた桐栖は、即座に巴投げをしてカルマン卿を床に叩き付けると抜刀し、その切っ先を喉元に持って行った。
「もう、逃げられないですね」
桐栖がそう言うのと同時に、チャールズは床から枷のようにカルマン卿に絡みつく岩を生成し、「そうだな」と言いながら、悔しそうな表情をするカルマン卿を見た。
そして感情もないような冷徹な声色で、チャールズは問う。
「誰の依頼だ?」
「依頼など受けていない」
正直に、しかし感情的にカルマン卿は返答する。
それに対し、今度は桐栖が言葉遣いこそ丁寧だが、チャールズに劣らず冷たい声で問う。
「では、なんの目的があって?」
「貴様らの排除以外があるかっ!」
「何故俺らを排除する必要がある?」
「貴様らが我らが黄金の暁会にとって障害となり得るからだっ」
「別に、ぼく達は黄金の暁会の活動を妨害する気はありませんでしたが」
「嘘を吐けっ!」
まるで重罪人に対するかのような口調でカルマン卿は続ける。
「現に貴様らはここにいた同志達を皆殺しにしたではないかっ!」
「「!?」」
カルマン卿の発言に桐栖達は驚かざるを得ない。
カルマン卿は、桐栖達が昨日の爆破事件を引き起こしたと思っているのだ。
桐栖達が、黄金の暁会が爆破事件を起こしたと思っていたのと同様に。
「こんなあからさまなことがバレないとでも思っていたのかっ!」
カルマン卿は桐栖達が、自分達が爆破したことが暴かれたと驚いている、と考えているのか、そう断罪するように言った。
しかし当然、桐栖達はそんなことをしていないので、反論する。
「これはお前達が起こした爆破事件ではないのか?」
「しらばっくれるなっ!」
「いや、しらばっくれていない」
チャールズは桐栖の兄も、調査中に昨日の爆破に巻き込まれたことを伝える。
勿論、カルマン卿もすぐには信じなかったが、桐栖がチャールズから依頼された内容(ハドン商会内の掃除)と、これまでの経緯を説明し終わった頃には、冷静に考えられるようになっていた。
「……つまり、貴様達も爆破犯を追っている、と?」
「ああ、だから軍にも協力してもらっている」
「確かに、昨日はハドン商会内にいる会員のみの会合だった……だが」
にわかには信じられないな、とカルマン卿は拘束されたまま考える。
それもそうだろう。
ハドン商会内の不穏分子を追っていた桐栖達と黄金の暁会員(あと、黄金の暁会を調査していた介次郎)以外で、昨日の会合があったことは誰も知らないはず。
それを知って、しかも爆破までする理由を持っている者は、普通に考えるといない。
「黄金の暁会内での派閥争いとかじゃないのか?」
「昔はあったが、今は違う」
チャールズの問いに、名前こそは言わないが、一人の下に黄金の暁会が統率されていることをカルマン卿は伝える。
そして「その方からの指示で来たのだ」と自分がここに来た理由も説明した。
「それに……君には悪いが、ハドン商会内にいる会員は近々動いてもらう予定もあった」
その予定が実行不可能になったから、カルマン卿はチャールズにそう言った。
それに対して、「まあ、こっちも掃除する予定だったから別に良いけど」と、負け惜しみだか、自分の行動が間違っていなくて安心したのか、判別し難い言い方でチャールズは返答する。
「そうなると、君達と私は同じ目的下で行動しているようだ」
「そうなります」
「だが、どうする?」
同じ目的だと分かったのは良いが、手掛かりが両者とも途切れてしまったことになるぞ、とチャールズは冷静に現状を言葉にした。
しかし、まさにその言葉が出るのを待っていたとでも言うように、桐栖の通信機が静まった会場内に鳴り響く。
チャールズとカルマン卿に合図をして、桐栖は通信機をとる。
「はい……ええ……そうですか……えっ!マットが?……分かりました……お願いします」
カルマン卿との戦闘よりも短い時間で通信が終わり、桐栖はチャールズ達に伝える。
「爆破犯はカンブリア家かそれに近い人物の可能性が出てきました」
その言葉によって、カルマン卿の無罪放免が決定した。
だがそれは、桐栖にとって新たな心配の種を生んだに過ぎず、チャールズがカルマン卿を解放するに当たって、注意事項と確認事項を交わしている間、桐栖はずっと黙って思考していた。
黄金の暁会、ハドン商会、カンブリア家、これらと爆破犯との関係性を。
まるでその思考までが誘導されているように感じる、その違和感の正体を。
そしてその裏に見え隠れする思惑を。
考えて考えて、桐栖はいずれ辿り着くだろう。
悪意のような善意を持つ首謀者に。
彼は桐栖を待っているのだから。
同日夜――倫敦市内、テムズ川に浮かぶ一隻の船――
蝋燭の灯火のみが照らす船内の一室に、二人の男がいた。
「カルマン卿が対象と接触し、爆破犯に対する情報を得たようです」
黒い衣(ローブ)を纏った男が、もう一人の黒い衣(ローブ)を纏った男に報告する。
報告された男は、透き通るように白い髪がローブからはみ出ているのを気にもせず、にやりと笑う。
「……その情報とは?」
「爆破犯はカンブリア家、またはそれに近しい人物、だそうです」
「まだペンテコスト家との結び付けはしていないのか……だが、予定通りだ」
満足そうに白髪の男がそう言うと、衣(ローブ)の男も同意する。
だが、男は白髪の男が掲げる目的に疑問があるのか、訊ねてしまう。
「対象に、それほどの価値はあるのでしょうか?」
確かに魔術技量は高いそうですが、と男が続ける前に、一瞬で全身を凍り漬けにされた。
魔術の発動に対してなんの予備動作もなかった為、男は今でもまだ話しているかのような格好だ。おそらく、自分が凍り漬けにさせられたことにも気付けていないだろう。
「君には分からないよ」
絶対に、と白髪の男が続けると凍り漬けにされた男は音もなく砂のように砕け散った。
そして白髪の男は、まるで自身の誕生日を待つかのように嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「もう少し……あと少しで、君はぼくに気付いてくれる」
ぼくは待ち飽きてしまったよ、と誰もいない室内で嬉々として、続けて言った。
まるで恋人に向けるように嬉々として、その室内にはいない相手に向けて言っていた。
そして、その願いはすぐに叶うことになる。
白髪の男、本名エドワード・アレクサンダー・クロウリーの願いは、大抵叶うのだから。