駄文集


遡上する訴状

 ある日、ある事件についての再捜査が命じられた。
 再捜査なんて面倒な命令を出すなんて、正気の沙汰とは思えない。
 命令を出すだけが仕事の奴はそれで良いかもしれないが、実際に担当する事になる奴は、大変なんて二文字程度で表せられる以上の苦労が課せられる。
 少なくとも、拒否権があれば俺なら二つ返事で断る。
 しかも、今回の再捜査は、五年前の通り魔殺人事件。
 当時の被害者は六名。
 皆、最寄駅が同じである以上の共通点がなく、これ以上の被害者が出なかった事もあり、すぐに捜査が打ち切られた事件だった。
 なにしろ、証拠と言える物がなにも出なかったからだ。
 凶器は判明しているが、それは形状だけ。どこで購入したものか、どこで作られたものなのかすら、分からなかった。
 それの再捜査が何故、五年も経った今再開されるのだろうか。
「また被害者が出たんですよ」
 後輩が興奮気味に教えてくれる。
 彼はまだ、その捜査に加われるか知らないはずなのに、もう自分が担当する気でいるようだ。
「そうか」
「そうか、って。先輩やる気ないですね~」
 当たり前だ、こっちは一昨年警察になったばかりのお前とは違い、五年前にも証拠が出なかったのを確認しているんだ。
 そう後輩に告げると、後輩は含みを持ったわざとらしい笑い方をした。
「でも、今回はあるんですよ、証拠がっ!」
 しかも、前回の事件との関係性も証明するほどのものが、と後輩は続ける。
 まずいな。これは大捜査になりそうだ。
 きっと、俺も駆り出される事になるだろう。
 今の内に良い言い訳を考えておこうかな。

 そうだ。心神喪失とかはどうだろうか?