駄文集


Untitled

 
 ○月×日
 今日から日記を付けることにする。
 理由は特にないが、強いて挙げるとすれば、それは今後の先行きに対する不安だろうか。
 今日から研究と称した実験が始まる。
 生まれたばかりのマウスが二匹、筺の中に入れられた。
 結果は良好。
 一匹も出てこなかった。
 
 ○月△日
 今日は昨日の確認として、成熟したマウスを二匹、筺の中に入れた。
 結果は失敗。
 二匹とも脱出して、ケイジに戻っていった。
 当初の想定通り、年齢に関係する何かがあるのだろうという結論にいたり、一匹を解剖した。テロメアが長くなっていた。
 
 ○月□日
 寿命間近の年老いたマウスを一匹だけ筺に入れる。
 結果は成功。
 出てこなかった。
 この結果をもって、想定されていた説が覆された。
 私を含めた全研究員が、一から筺の効果を考察することになる。
 そもそも筺はどこから来たのだろうか?
 
 ×月○日
 考察と実験の繰り返しで忙しく、最近付けられていなかった日記を再開する。
 今日までの研究により、筺の構造がある程度理解できてきたように思う。
 端的に言えば、あの筺は生命の元だ。
 命を与え、命を奪う。それだけは確実だという共通見解が出た。
 私としても、概ねその通りだと思っている。
 ただ一人、主任だけが何故か否定的であったのには驚いた。
 
 ×月□日
 検体がようやく動物・植物などから人間へと変わることになった。
 男が一人、裸のまま筺へと入れられた。
 男は暴れており、なにかを喋っていたが、実験室の外からは防音ガラスの所為もあって、聞き取れなかった。
 実験は成功。
 男は戻ってこなかった。
 主任が一昨日から床に伏せっているとのことだが、彼にもこの光景を見せてあげたかった。これは確実に、人類にとって大きな一歩である。
 まだ確実な検証が成されていないので、発表できないのも残念だ。
 だが、理論は実証されたも同然だ。
 ここからは早いだろうと予想する。
 
 △月□日
 研究が行き詰まった。
 今までの理論が全て覆され、これまでの検体は全て使い尽くしてしまった。
 全てが無駄になってしまった。
 一体、あの筺はなんなのだろう。
 皆が頭を悩ませていると、主任が入ってきて「お前達に分かるわけがない」と言ってすぐに出て行った。
 主任の豹変ぶりに数人の研究員が驚きを隠せずにいたが、私もその一人だ。
 彼はあのように人を睨み付けるような人物ではなかったはずだ。
 病状があまり良くないのだろうか。
 無理もない。もう何ヶ月もここから出られていないのだから。
 
 □月○日
 最近主任の様子がおかしい。
 人を見ると、唇を舌で舐め回している。
 その不気味さに、他の研究員達も不審がっている。
 かと言って、空腹ではないようで、顔を見せるようになってから彼はなにも食べていないようだ。
 しかし何週間も食べずに人間が生きていけるわけもないので、きっと隠れてなにかを食べているのだろう。
 主任は料理が趣味だと言っていた。
 きっとここで出てくる料理に嫌気が差し、自分で作っているのだろう。
 私もそろそろここの料理に飽きてきている。
 今度主任にご馳走してもらおうと思う。
 
 ○月×日
 ここに来て一年以上が過ぎた。
 主任も私に料理を振る舞った頃から今まで通りに戻り、研究は着実に進み始めた。
 今日は生まれたばかりのマウスを二匹ほど、筺に入れた。
 結果は成功。
 マウスは一匹も戻ってこなかった。
 やはり私たちの理論は間違っていなかったんだ。
 
 ○月△日
 今日は成熟したマウスを二匹、筺に入れた。
 結果は失敗。
 二匹とも脱出して、ケイジに戻っていった。
 なにがダメなんだ。
 筺はどこから来たんだ。
 筺はなんなんだ。
 分からない。
 研究が行き詰まりそうだ。
 心なしか、同じことを去年もしたような気がする。
 
 ○月□日
 今日の実験をしている間、ずっと気になっていたので日記を読み返してみた。
 今日と同じ実験を去年もしていたのだ。
 信じられない。
 そうなると、私たちはこの一年間なにをしていたのだろう。
 研究結果の記録も調べてみたが、去年の記録はとっていなかった。
 どういうことだ。
 わからない。